第35話 足許

 エグゼクティブデスクの上にぽんっと封書が投げ出された。指が切れそうなほど整った招待状がペーパーナイフで切られた口から覗いている。

「ジョナサン、セレモニーの案内が届いたぞ。デイヴィッド君からだ。プライベートジェットを回すから来てほしいということだ」

デスクの正面に立つ僕に対して、座り心地の良さそうな椅子に腰掛けて冷たい視線を送ってくる父、ソール・レッドシールド男爵が言った。

「僕にも来てますよ。あと、ベアトリス姉とニカにも。二人共出席するようですが、お父さんはどうされますか?」

「行かんよ」

「そうですか、デイヴィッドが残念がるでしょう」

「確かにここまで彼が積み上げた実績は、一実業家として考えればそれなりに認める事もできるだろう。だが、宇宙エレベータ株式会社の株価を含め、現在の彼に対する世界の評価は期待値が大きすぎると私は感じているのだ」

「なるほど」

父の言葉に僕は相槌を打つ。

「衛星組立てや放出、それに無重力空間での各種実験等、過去行われてきた国際協力による宇宙開発の延長上に位置する事業でも利益を上げているのはわかる。だが、利益の中心は核廃棄物保管とそれに伴う発電・売電しかないではないか。とすると、宇宙エレベータ株式会社はごみ収集業者、あるいは、廃棄物を燃やして発電する企業と同等でしかない。無論、それらの事業が世の中に必要ないとは思わぬが、世界発展の主軸となるべき企業であるかと考えれば、私としては疑問であると言わざるを得ない」

「なるほど。私としては、人類が長年見て見ぬ振りをしてきたことをデイヴィッドは丁寧にすくい上げようとしているように捉えていたのですが、長年世界的企業の後押しをしてきたお父さんがそう思うのなら、事実そうなのでしょう」

「彼の事業はまだ計画の端緒に着いたに過ぎない。こんな時期の経営者に必要なのは謙虚さなのだよ。しかし、彼は世界中の著名人やジャーナリストを集めてのセレモニーを開くと言う。そんな愚かな行為を認め、のこのこと足を運ぶわけにはいかんな」

白髪が交じった眉をひそめながらの父ソール・レッドシールド男爵の視線は、未だ鋭さを失ってはいなかった。

「セレモニーについては、今後事業を展開するにあたってより強いネットワークが必要だという彼なりの思惑があるのでしょう。お父さんが求めるような世界的企業という遥かな高みに達するには弾みが必要です。そして、世界人類の希望という後押しが欠かせない。それを彼は創出したいのではないのでしょうか」

僕は一応デイヴィッドをかばう姿勢を見せた。

「そうかな、私には彼がおごり高ぶっているようにしか思えないのだが」

「彼が思い上がっているのか、そうではないのか。今度のセレモニーに出ることでわかると思います。それまで私の返事をお待ちいただくわけにはまいりませんか?」

男爵は座り心地の良さそうな椅子の背にもたれて息を吐いた。

「お前が投資した80億ドル、元は既に取れているのではないか?」

「はい。宇宙エレベータ株式会社が米国に上場した段階で、私もベアトリス姉も含み益だけで数倍になっております。いつ売り出したとしても相当な利益を我が一族にもたらすでしょう」

「そうか」

男爵は身体を椅子に深く沈み込めて思案の姿勢をとった。こうなると目の前に立つ私のことなど彼の眼中には無くなる。

「失礼します」

今までの経験からそのことを理解していた私は、会話をあきらめて父に背を向けた。そして、足取り重く彼の執務室から廊下に出た。

「それならば、そろそろ潰してしまおうではないか。なあジョナサン」

後手に閉めようとした扉の隙間から世界を牛耳る男の呟きが微かに聞こえ、僕は身震いを止められなかった。

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