第13話 精錬

 ケンブリッジに戻って以降、ジョナサンとは時折学食で一緒になる程度の間柄となった。

「デイヴィッド、少し瘦せたんじゃないのか?根を詰めるのは良いが、食事と睡眠だけはしっかり取るんだぞ」

スクランブルエッグとトーストだけを手早く食べようとする僕の皿に、チーズとレタスを挟んだサンドイッチを置きながら彼は言い、そして、軽く口角を上げると去っていく。その繰り返しだった。僕の思考を邪魔しないことを第一として、健康を気遣う言葉だけを投げ掛けてくれる。ジョナサンの気持ちは正直有難かった。

 僕は研究室に入り浸りになった。成し得たいことは子供の頃から決まっている。そして、その方法が導き出せた以上、やることは一つなのだ。ミニマムから実験を繰り返し、データを取り、改良し、最適な物に近づけていく。それだけだ。

 宇宙エレベータ用テザーに採用する材料は決まった。現在の地球で最も引張り強度の高いカーボンナノチューブにイプシロン型酸化鉄ナノ微粒子を混ぜ、ワイヤー状に加工する。出来上がったテザーに微弱電流を流すと、常温にもかかわらず強大な磁力が発生してそれ自体が結びつき、求めていた強度に達した。静止衛星軌道から地球までと、重さのバランスを取るべく反対方向に同じ距離、すなわち、約7万2千キロメートルを一本の紐で繋ぐことができるのだ。そして、有り余る磁力は宇宙エレベータに必要なある動力を生み出した。垂直リニアモーターの実現だった。

 カーボンナノチューブ、そして、イプシロン型酸化鉄ナノ微粒子共に日本の発明だ。この素材は言ってみれば炭と錆鉄なのだ。

「凄いな」

自然に口をついて出た独り言。安定且つ安価な素材を見つけ出してくれた民族を称賛する言葉にこれ以上のものはあるまい。

 僅か5インチ長のテザーによる室内実験で成果を得た僕は、久しぶりにジョナサンに連絡をとった。

「周囲1マイルに渡って人のいない土地を使わせてほしい」

僕が電話で伝えると、

「わかった。農閑期の冬まで待ってくれ」

そう言って彼は電話を切った。

 この待ち時間を有効に使おうと考えて、僕は野外実験を成功させるべくシステム作りに注力した。酸化鉄ナノ微粒子を用いた常温超電導電磁石とカーボンナノチューブを混ぜ合わせたこのテザーに僕は名前を付けて、システムそのものの呼称として採用することにした.

” Fusion of superconducting electromagnets and carbon nanotubes”(伝導電磁石およびカーボンナノチューブの融合態)

頭の音をいくつか繋げて、

「フォセマナカ」

覚えやすくて良い名前ではなかろうか。

 部屋のベッドに寝転んで自らのアイデアにほくそ笑んでいると、コンコンと扉をノックする音がした。郵便配達員から受け取った封筒を裏返すと、ソール・レッドシールドとサインがなされている。ジョナサンの父親だ。

「実験に使ってくれたまえ」

簡単なメモ書きと共に、中には数万ポンドの小切手が入っていた。

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