第26話 選定

「宇宙エレベータの地上港については、全世界的な用途と考えれば、どの国の排他的経済水域にも属さない公海上に人工島を設けるのが望ましいと思うが」

「特定の権力が利用を独占しないように単独国家の影響を極力排除するべきという、宇宙エレベータという概念が生まれた時からずっと主張されてきた考え方ですね」

「しかし、公海上に人工島を作ることなんかできるものなのでしょうか?そもそも誰も所有権を持たない海なのでしょう?許可を得るには、どこにどうやって働きかければ良いのか…」

「仮にG7が了承したとしても、国際連合安全保障理事会常任理事国の一部によって覆されるのは必至だな」

「問題は他にもあります。もしも、どこかの国や過激派が宇宙エレベータを攻撃してきたとしたならば、誰がどうやって守ってくれるのでしょうか?」

「確かに。攻撃を受けるという可能性すら、これまでは考えられておらんかったな。直接的利益にならない事をわざわざする者などいる訳がないと、議論の俎上にすら載せられることはなかった」

「宇宙利権の全てを手中に入れる為には手段を選ばない。そんな国家があってもおかしくない。それに利益の有る無しに関わらず、ただ壊したいという衝動を持つ人間は実際に存在し、ある種のカリスマ性を身に着けている事も稀ではないのに」

「また、誰もが知るような有名な建造物を破壊することで、自らの存在を世界に認めさせようという示威行為も、過去の歴史を語るまでもなく発生し得る。その時、自国の領土でもない一施設を守ってくれる国が現れるものでしょうか?」

「…」

「もちろん人類共有の財産として守ろうという声は上がるとは思われますが、いざ武力行使となれば、どの国家も予算を建てることすらままならないでしょうね。宇宙エレベータという枠組みが自国内にあるどころか、国民がいる訳でもない以上、国防という概念の外なのですから」

「なんてことだ。我々はできもしない事を前提に数十年に渡って議論を繰り返してきたというわけか。国際宇宙物理学会においても、宇宙エレベータの地上港については公海上が当然という話ばかりだった」

「全加盟国が賛成する必要があるとするならば、仮に国連に提案したとしても、公海上の地上港建設など100年待っても結論が出ないのは想像に難くないはずなのですが」

「その通りだ。まいったな」

「さて、できないことの突き合わせのために時間を使うのは止めにして、できること、そして、問題を起こさせない為には何を為すべきかについて話し合いませんか?」

「そうしよう」

「赤道上に領土を持つ14カ国の内、主要な8カ国が集まって1976年に討議が行われました。その結果、静止軌道については、そこに存在する衛星が恒常的にある国の上に留まることから、赤道諸国がその国家主権を行使する領域となすとの、ボゴタ宣言がなされました。私たちが造ろうとしている宇宙エレベータもこれに同じく、ある国の上空に恒常的に留まります。そのため、この宣言の枠内に当然ながら当てはまる事になります」

「とすると、逆手に取れば、ボゴタ宣言の8カ国に含まれるブラジル、コロンビア、コンゴ共和国、エクアドル、インドネシア、ケニア、ウガンダ、コンゴ民主共和国の内、どこかの領土内に建設すれば良いことになりますね」

「幸いなことに8カ国全てから宇宙エレベータ設置のオファーが来ております。この場合、その国の領土内にある訳なので、当然のことながら防衛の対象にもなります」

「基本条件はクリアーだな」

「私のプランでは、西から東に向かって赤道上空高度400kmを進むロケットから降下させたテザーを地上港と接続する必要があります」

「つまり地上港の西側は、安全対策として海が望ましいということだな」

「はい。その後の物資輸送の手間を考えても、赤道上、且つ、西側に海を持つ陸地の海岸沿いに地上港を設けるのが理想的です」

「更に、生活物資はもちろん、施設維持に必要な人員をできるだけその土地で調達するのがコスト的に見て都合が良いです。とすると、治安があまりに悪い国は避けたいものですね」

「加えて、最近は一部の国連常任理事国が他国の領土領海を自国の物だと主張し、実際に実効支配しようと触手を伸ばすケースも散見されております。そのようなごり押しに対抗するだけの豪気がある国を選びたいと私は考えます」

「おおよそ、絞られてくるな」

「最後に、宇宙エレベータを設置する国が将来的に全設備を接収し、利権を我が物にしようとするリスクについても考えて置かねばなりますまい。先々得られるはずだった利益が露と消えてしまっては、我々投資家は堪ったものではない。選んだ国が万に一つもその様な策略など考えないように、予め対策が必要です。いざとなれば地上港と宇宙エレベータを分離して、本体を別の土地に移動可能だと示すことがもし出来るならば、計画は完璧に近いものとなるでしょう」

「難しい問題だが、避けては通れまい。デイヴィッド、できそうか?」

「コスト的にはきついですが…」

「全て拐われる危険を思えば、投資する側としては何としても実現して欲しい機能と言えます」

「そういう事であればやるしかない。いえ、やって見せましょう」

 デイヴィッド・ライフィールド、アヴィアン・ローブナー、そして、ジョナサン・レッドシールド。開発者、宇宙物理学重鎮、投資家、それぞれの思惑が絡みながら、三者会談は進んで行く。彼らの視線は、G7招聘という最初の関門のその先々までをも既に見据えていた。

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