第27話 G7
「デイヴィッド君、緊張しなくて良いのだ。リラックスしてくれたまえ」
ホストであるフランス大統領は、あくまでも笑顔を装って声を掛けてきた。もちろん彼は、そのセリフが相手を逆の心境に導くことを良く理解した上でそう言っているのだ。
「ありがとうございます」
当たり障りのない挨拶の後、僕は最後に残った席に着いた。G7が始まった。
「宇宙エレベータは、使い方次第で地球上のあらゆる衛星設備に影響をもたらす可能性がある。よって、安全保障上の重大な問題として議題にした次第だ。これについて、我が国はEU域内での独自開発を提案する。個人的計画への支援はしない方針だ」
先ほどの笑顔とは打って変わって、しかめ面をしたフランス大統領がホストという立場を利用していきなり直線的な勝負を仕掛けてきた。
「そういう発言は先にEU内で議論を重ねてからするべきではないかね?」
ドイツの首相が横槍を入れたのは当然の成り行きだった。
「そもそも需要があるのだろうか」
「そうだ。ロケットに比べて格段に費用が抑えられるとは言え、おいそれと宇宙になど行けるものではない。庶民の宇宙旅行などまだまだ先の話だろう」
先進国とは名ばかりの首相が続いて発言すると、アメリカ大統領を除く全参加者が首肯した。
世界経済のトップを担う首脳達による会議なのにも関わらず、驚くべきことに彼らの内多くは、宇宙旅行の新たなルート開拓程度にしか宇宙エレベータの利用方法を理解していないのかもしれない。その事にデイヴィッドは衝撃を受けた。とすれば、何故わざわざ自分を呼びつけたのか。世間で話題の人物に会って握手している写真や動画がメディアに出れば、衆目と人気を集められるという、その程度の認識なのか。いや、そんな訳ではあるまい。では…どうして?デイヴィッドの頭脳は首脳会議という場での発言応酬を拾いつつ、急激に活動しつつあった。
「我が国は、宇宙利用については公平性が大事だと考えております」
イエスともノーとも判別出来かねるセリフが聞こえた。日本の首相らしい発言だ。言い終った後、彼はちらりとアメリカ大統領の方に視線を向けた。この発言には逃げ道がある。利用と立地は別だ。設置場所について言及しないことで、世界最初の宇宙エレベータを自国内に設置したいアメリカに配慮していることは間違いない。当のアメリカ合衆国大統領は、余裕の表情を浮かべたまま周囲の首脳を代わるがわる眺めている。大統領科学技術諮問委員であるアヴィアン・ローブナー博士が宇宙エレベータの計画監修者として名を連ねていることで、どう転んでも宇宙における優位は自分達の手に有るとの考えが彼の心境に余裕を与えているのだろう。デイヴィッドは、下を向きながらも目の前で行われるやり取りの一部始終を見逃すまいと意識を張り続けた。
「いずれにせよ、宇宙エレベータの利用については現状の世界情勢に合わせて公平かつ限定的にした方が良いだろうね。急激な進歩の楔を打ち込むには、地球は脆弱過ぎる。民衆にもまた、そこまでの意識が育ってはいないだろう」
午前の会議終了の時間が迫ったその時、他の出席者の話をすました顔で聞いていたアメリカ合衆国大統領が、結論とも言える発言で突然議題を締めくくり始めた。居並ぶ首脳達も腹の虫が鳴ったことに気が付いたかのように、そわそわとしながらもその発言に追随した。宇宙エレベータに纏わる議事は、強制的に終了へと坂を転がりだした。
「あなた方は何か勘違いをしていらっしゃるのではないですか?」
デイヴィッドがおもむろに顔を上げて話し始めたのはその時だった。七人の首脳達はぎょっとしたように目を見開いた。それまでの数時間、デイヴィッドはひたすら下を向いて会議の概要をつかむことに専念していた。その態度は、若造が緊張して自分達と目を合わせられずにいると受け止められて、首脳達を油断させる効果を生み出していた。故に、デイヴィッドの初撃は劇的な効果を発揮し、誰一人彼の発言を止める術を持たなかった。
「失礼。初めに申し上げておくことがあります。世界中の人々が私のプロジェクトに注目しており、クラウドファンディングを通じて資金は十二分に集まっております。つまり私にはあなた方の援助は不要なのです」
私の、そして、援助不要という点をデイヴィッドは強調した。
「ボゴタ宣言をご存じですよね?1976年に発せられたそれは、静止同期軌道部分は赤道諸国がその国家主権を行使する領域の一部をなすというものです。あなた方先進国は、長きに渡ってこの宣言を覆そうとしなかった。つまり、認めたということです。そして、赤道直下に位置する14カ国の内、多くの国家が、宇宙エレベータを招聘すべく我々にコンタクトを取りに来ております。つまり、あなた方の許可はいらないということです」
「待ってくれ、デイヴィッド君。宇宙エレベータは我が国に…」
「大統領、赤道近くに住む全国民の支持を得られた段階でご連絡下さい。前向きに考えます。貴国が民主主義を標榜としている以上、実現は来世紀になるかもしれませんが」
デイヴィッドは慌てたアメリカ合衆国大統領に笑顔で答えた。
人類の進歩を即すためではなく、逆に遅らせるために彼らは集まっている。G7の場で数時間を過ごしたデイヴィッドが得た結論だった。とすると、人類を未来に導くための道標を建てる仕事を彼らに任せておくわけにはいかない。
「王になるしかない」
デイヴィッドの胸には、この時初めて、とてつもなく大きい責務のような何かが芽生えた。
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