第25話 初動
「デイヴィッド、君の力は理解したよ。大したものだ。老兵は去るとするが、この後、どの様に事を進めるつもりなのか、触りだけでも聞かせてもらえないだろうか?」
師匠であったはずのアヴィアン・ローブナー教授は、弟子という立場の僕に対して、実に謙虚な問いを発した。
「先ずはあなたの力を貸していただきたいのです」
僕の返事が余りに想定外だったのか、老博士の持つティーカップの震えが止まった。
目の前にいる男は、世界で最も高名な天体物理学者でありアメリカ大統領科学技術諮問委員という肩書を持つ。アメリカ合衆国大統領という世界最大の政治家への進言をし得る彼をこちら側に引き入れない手はない。僕はそう考えたのだった。
「デイヴィッド、君は私を追い出しにかかるのではないのかね?」
驚いた顔をする彼に、僕は笑顔で言った。
「まさか!資金の悩みが全てクリアーされた今、あなたの後ろ盾さえあれば、世界中の人々は安心して僕らのすることを見守ってくれることでしょう」
「私を計画に引き入れるつもりなのか?」
「もちろんです。我々の設備に世界の人々が疑問を持つか否かは、あなたの存在にかかっていると私は考えています」
教授はただ口をぽかんと開けていた。
「いくつか相談に乗っていただきたい問題点も存在します。それ以外は、現在の立場をそのまま維持してもらえれば充分です。時折、大統領の耳元でそっと囁いていただけるのであれば、私は最低でも5年間に渡って、現在の1.5倍の年収をあなたに約束します」
教授は身じろぎ一つしなかった。
「共に宇宙エレベータの歴史に名を刻みましょう」
駄目押しはこの言葉だったのかも知れない。アヴィアン・ローブナー教授はただの一秒すら逡巡することなく、僕が差し出した右手を握り返してきた。
「では、ファンドに御名を上げさせていただきます」
「もちろんだとも」
僕はすぐさま、アヴィアン・ローブナー宇宙物理学博士の名前を計画の監修者としてアップロードした。その直後いくつかの国からオファーが舞い込み始めた。
「宇宙エレベータ設置は、ぜひ我が国に」
安心・安全というイメージを得た途端、物事の流れは加速していく。その事を僕は改めて認識したのだった。
「場所の選定を始めたいと思います。ご意見をお聞かせください」
「そうだな、事業の成否はそこに掛かっていると言っても過言ではない」
資本金の心配が無くなった今、最初に取り組むべき仕事。それはスポークスマンの採用だった。瞬時に意識の切り替えを為すことのできるアヴィアン・ローブナー博士。彼こそが、プロジェクトを社会に浸透させる男として最適なのは間違いない。僕の直感が確信に変わった瞬間だった。
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