第12話 内緒

 ニカと庭で会ったというデイヴィッドの話は僕の心中に衝撃をもたらした。我が屋敷内において偶然の出会いは有り得ず、そこには常に何らかの意図がある。それは父親であるソール・レッドシールドによって企画されたものでなければならない。その彼は、地位か資産、あるいはその両方を併せ持つ者以外に興味を持たないように子供たちに対して幼い頃から徹底した教育を施してきた。我が妹であるニカもその例には漏れていない。現状、知識と知能以外の何をも持ち得ていないデイヴィッドとニカの会合をその父が用意するはずはないのだ。パーティという接待の場を除いては。とすると、答えは一つ。単なる学生でしかないデイヴィッドに惹かれたが故に、ニカは居場所を調べて彼に逢いに行った。僕は深夜近い時間であるのも忘れてベアトリスの部屋を訪ねるしかなかった。

 しばしの間をおいて重い扉が開き、完璧な化粧を施した姉が僕を迎え入れた。彼女自身も何らかの異常を感じ取っていたのだろうか。

「つまり、ジョニー、あなたに引き続いてニカすらもデイヴィッドに惹かれてしまった。そういうことね」

ベアトリスはため息をついて言った。

「は?僕に引き続いてとはどういうことですか、姉さん?」

僕が驚きの声を上げると、彼女は寝室に常備されたブランデーをグラスに注ぎながら説明を始めた。

「そもそも事の発端は、デイヴィッドに好意を示したあなたなのよ。違うかしら?」

確かにそうだ。これまでの20年近く、地位と資産を持つ者だけが重要なのだと教えられ、自分でもそれが当然だと思って生きてきた。新入生である僕のメンターとなった男ですらそれなりの貴族だ。普通であれば、僕がただの学生でしかないデイヴィッドに興味を持つはずがないのだ。姉の指摘に僕は愕然とした。

「彼は今後の人生において、あなたとの仲を吹聴するでしょう。何かにつけてね」

「吹聴、ですか?」

「レッドシールド家の子息と懇意であるということは、世間においてある効果をもたらすわ。デイヴィッドが優秀であればあるほど、その恩恵を享受する場と時は増えるでしょう。当然のこと、波風は立ちやすくなる。その波紋が一族にネガティブな影響を及ぼさないように予め手を打とう。お父様が今回彼をここに呼んだ理由がそれなのよ」

「父さんはそこまで考えて…」

「それで最初に私が彼を検分するように頼まれたというわけ。見た目と能力はもちろん極上だし、内面的にも悪い人間ではない。彼がある程度の地位を得る手助けをすれば、後々、レッドシールド家にとって利益をもたらす存在となるに違いない、そうお父様に伝えたわ」

「だから父さんは、彼に研究者になりたいのかと…」

「でもだからと言って、レッドシールド家の家系図に加えたいとまでは思わなかったわよ。一度だけニカと踊らせて、我が血筋を感じさせてあげれば充分、あとは尻尾を振ってついてくるわと、お父様に進言したのも私」

「ベアトリス姉さん…」

「もちろん良い男よ。でもね、遺伝子をほしいとまでは思わなかった。読み違えたのは、たぶん、私自身が満たされているからかしら?」

ベアトリスの冷笑を僕はまともに見返すことができなかった。

「いずれにせよ、お父様に知られる前に、一旦はデイヴィッドとニカを引き離す方が良いわね。それもできるだけ速やかに」

「解りました、姉さん」

僕は一礼してベアトリスの部屋を出ようとした。

「待ちなさい。今のままだと地球の人口減少に伴ってレッドシールド家も縮小の一歩を辿ることになるかもしれないわ」

姉が何を言いたいのか測りかねて、僕は次の言葉を待った。

「私はシングルでは作り得ない味わいもあると思うの。このお酒のようにね」

姉が差し出したグラスを受け取って、僕は琥珀色の液体を見た。

「ここにブレンドされるには、元々の品質の良さとそれなりの熟成期間が求められるの。デイヴィッドには資格があるかもしれない。ニカを惹きつけたとはそういうこと。幸運なことに、私たちにはそれを見極めるだけの時間がある。老いていくだけのお父様と違ってね…」

僕の手の中では、キリアン・ヘネシーの生誕100周年を記念して作られたコニャックがゆっくりとした波紋を見せながら揺れていた。

「ジョナサン、今の話はあなたと私だけの内緒」

ベアトリスの瞳が怪しく輝いた。彼女のキスを拒否する権利を持ち得てはいないことを僕は理解していた。

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