第11話 磁力
ジョナサンからもらったフォーマルスーツを旅行鞄に詰め込むと、僕は軽くため息をついた。パーティから一週間、何かと理由を付けて滞在を伸ばすように要求してきたジョナサンだったが、ケンブリッジに戻る日が来たことを朝食の時に告げられたのだった。
一族の様子や内部の写真が世間に漏れては困ると、この屋敷に滞在中はメールの受発信すら制限を受けており、そのことでジョナサンと僕は何度か口喧嘩までしたのだった。そもそも自分たちにとって不都合な画像等が世に出回らないようにインターネット上の監視AIシステムまで作り上げている彼らなのだ。今更、僕一人から何か情報が洩れようが、あっさりと削除するだけの話なのだが、ジョナサンの態度は頑なだった。
「出席する約束だったパーティは終わったのに、何故ここに居続けなければならないのさ?」
直接的な僕の問いに彼は言った。
「デイヴィッド、玄関で会った時にベアトリスが君に対してゆっくりしていけと言ったじゃないか。姉がそう言う以上、直ぐに帰らせるわけにはいかないんだよ。後で僕が大変な目に遭うからね」
思わず笑ってしまった僕だったが、いつになく尖りのあるジョナサンの目は、その言葉が本当なのだと告げていた。後々じわじわと攻めてくる恐ろしさを発揮するのは父親であるものの、直接的な責め苦をもたらす姉の言う事に背くなど、本能が拒否すると彼は身震いするのだった。だが、こちらとしても今後の事を考えれば、彼の命令をただハイハイと聞いているわけにはいかない。その後の押し問答の末、極無しナノ電磁石の京都大学理科学研究科とイオン制御型電磁石の東北大学金属材料研究所という方向性の違う二つの先鋭的研究グループへの質問メールだけはしても良いと、最低限の譲歩は引き出せた。とは言え、ジョナサンの頑なな態度にはほとほと疲れたここ数日だった。
ジョナサンの態度が急に変わったのは、毎晩の習慣となったバーでの世間話の時だった。
「庭で2度ほど彼女と出くわしたんだよ」
好みの芝生で寝転んでいた所、ニカが現れたことを僕が話すと、ジョナサンの眼は見開かれたまま固まった。
「失敬、苦味がきついので口を濯いでくる」
ストールから立ち上がった彼は、そのまま戻らなかった。
「苦いなんてことあるのかな?」
肩をすぼめた僕を見て、バーテンダーはデュワーズ シグネチャーの香り漂うウイスキーグラスを無言で片づけた。
「僕の我がままに付き合ってくれてありがとう。帰りは鉄道か車、どちらが良いかな?食事が済んだら送らせるから、好きな方を選んでくれたまえ」
翌朝、つまり今朝なのだが、朝食を食べながらジョナサンは言った。昨夜彼の耳に入れた話はレッドシールド家にとって想定外のことだったのだ。僕は少し戸惑った。実のところ、できるだけ長く屋敷に留まってほしいという彼の要望は、僕にとって悪い話ばかりではなかったのだ。パーティで踊ったニカにすっかりまいっていた僕が、レッドシールド家の屋敷から離れがたい気持ちになっているのも事実だったからだ。彼女が持つ魅力は、僕を惹きつけるに十分なものだったのだ。
決意を持って荷物をまとめた。二つの磁力を手に入れる挑戦がここから始まることを僕は充分に承知していたのだった。
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