第2話 邂逅
「ジョニー、急げ!次の講義までもうあまり時間が無いんだ!」
「ジョニーって呼ぶな!僕はジョナサンだ!」
「はいはいジョナサン。でも、もう少し早足になれないかな?」
「僕はこれまで急いだことなんてなかったんだ。そもそも教師は教えに来るものだ。こちらから出向くなんてナンセンスだろう?」
「ジョニー、そんな大金持ちの論理はここでは通用しないぞ。ずべこべ言わずに脚を動かせ!」
「ジョナサンだ!僕をジョニーと呼んで良いのは一族だけだ!」
「わかったよ。そら、こっちが近道だ。毎回の案内は面倒だから、講義室の場所くらいさっさと憶えてくれ!」
これまでの生活では経験したことのない屈辱的な言われ方に腹を立てながらも、ジョナサンは庭木の間をかき分けて進むメンターの後を必死で追いかけた。と、急にメンターがぴょんと飛び跳ねた。何だろうと思ったその時、芝生に寝転ぶ二本の脚がジョナサンの視界に入った。驚きつつもメンター同様に飛び越えようとジョナサンは考えた。そう、考えたのだ。しかし、身体は思い通りに動いてくれはせず、庭木の陰から突き出た脚にジョナサンは豪快に躓いた。
「痛!」
二本足の持ち主が呻くのが聞こえた。かろうじて転ぶのを免れたジョナサンは、走り続けながら声の主を振り返った。アイマスク替わりの分厚い本を顔から除けながらこちらを睨む男子学生。金色の美しい巻き毛と深く澄んだ瞳に、同性ながらもジョナサンは一瞬だけ時が止まった気がした。
「デイヴィッド・ライフィールド君、失敬!急ぐのでお詫びはまた後で!」
本来ならばジョナサンが謝らなければならないところ、先を走りながらもメンターが代わりに声を掛けた。後ろ髪をひかれながらも、ジョナサンはメンターに続いて目的の校舎に駆け込んだ。日差しに溢れる中庭から、日光を石壁に遮られたやや暗めの廊下に入る。大理石の床に響きすぎる足音に気持ちが怯んだのか、必然的に二人の歩みは先ほどまでよりもゆっくりとしたものとなる。
「デイヴィッド・ライフィールドって言うのか、彼は?」
息が落ち着いた後、ジョナサンはメンターに質問した。
「ああ、君と同じく、この大学の有名人さ」
「なぜ有名なんだ?」
「マサチューセッツ工科大学で物理の博士号を飛び級で取り、その上ここにナノ材料化学を学びに来る人間なんてそうはいない。更にあれほどの美形、且つ、年は君と同じく19歳。注目されない方が不思議だろう?」
「正真正銘のギフテッド・チャイルドということか」
「そう、君とは違う意味でのギフトを生まれながらに持っている。お、もう時間がない、急げ、ジョニー!」
「ジョニーって呼ぶな!僕はジョナサンだ!それに好きでギフトをもらったわけじゃない」
言い合いをしながらもようやく講義室に辿り着き、二人はほっとして席に着いた。グレート・セント・メアリー教会の鐘音がケンブリッジという街の象徴たる構内に鳴り響いたのはその直後だった。
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