第14話 激突

 ばらばらに砕け散ったドローンの破片を拾うべく、僕とデイヴィッドは未だ背の低い小麦の植わった畑を歩き続けた。

「あんなに気を付けろと言ったのに」

「悪かったよ」

怒れるデイヴィッドに謝りながら、見つけた破片を拾うため地面にしゃがむ。そしてまた歩き始める。


 街外れにあるカフェの片隅で、僕はデイヴィッドから実験の概要を聞かされた。

「いいかジョナサン。簡単に言うと、炭と錆鉄を混ぜて練り上げた紐をドローンで吊り上げ、その紐に電気を流す。そして、発生した電磁力を利用してカーゴを垂直上昇させるということだ」

「で、僕にドローンを操作しろと?」

「うん。僕はモータードライバーの調整だけじゃなく、記録と撮影もしなきゃならない。だから操縦を担当してもらえるとすごく助かる」

「ドローンなんて見たこともないぞ」

「問題ないよ。やることは最大三つだけだ。

1.ドローンを上昇させて高度120ヤードでホバリング

2.カーゴが止まらずにドローンに到達しそうになったらテザーを切り離す

3.ドローンを着地させる

たったこれだけだ」

「三つと言いつつ四つのような気もするが?」

「細かいことは気にするなよ。ジョナサン、君の悪い癖だな」

「何事も正確を期すべきだろう。まあ良い。僕がすべき仕事はそれだけか?」

「そうだ」

「カーゴは君の操作で止められるんじゃないのか?」

「そのつもりではいるんだが、ごく短い長さでしか実験していないから回生ブレーキの効き具合については未だデータ不足なんだ」

「わかった。ドローン操作の練習をしておくから、機体を貸してくれよ」

「君の父上のお金で買ったドローンだからさ。頼んだよ」

「それって、万が一壊しても僕のせいにできるってことかい?」

僕の問い掛けに、デイヴィッドはかすかに右の口角を上げた。


 秋から冬に移る時期のある日、僕とデイヴィッドは骨董品ともいえるレイランド製トラックを運転して郊外の小麦畑に向かった。荷台には垂直リニアモーターシステムとドローン、そして撮影機材を載せている。天気は快晴とは言わないもののほぼ無風に近い。

「このくらい民家から離れれば大丈夫なんじゃないか?」

「そうだな」

一面の小麦畑の中で僕が訊ねるとデイヴィッドは首を縦に振った。

 彼が作り上げたシステムは見かけ上は簡単なものだった。手に握れる大きさのまるで弾丸のような形をしたカーゴを想定した模型、上部にクッションを張り付けたバッテリー内蔵の台座、ドラムに巻かれたテザー、リモートコントローラー、それだけだ。デイヴィッドはテザーの端を手に取るとドローンに設置した。

「じゃあ120ヤードまで上げてくれ」

僕は何となく人差し指を舐めて風向きと風力を確かめる。ほぼ無風だ。安心するとプロポを操作してドローンを上昇させた。そして120ヤードに到達したところでホバリングに移行。テザーはドローンから真直ぐに吊り下がり、地面から100ヤードと思われる高さの所に印がされているのが見える。そして、最下端がドラムから外れて地面近くに浮いている。デイヴィッドはその端を手に取ると、カーゴ型模型の穴に通した後、台座に取り付けた。そして模型を台座に添え付ける。大事をとって僕らはそこから100ヤードほど離れた場所に移動した。

「じゃあ動かすぞ。目的はカーゴの上昇確認だ。前も説明したように、回生ブレーキの効きが未知数だ。ドローンまで到達しそうになったら、ここを押して速やかにテザーを切り離してくれ」

デイヴィッドは、僕が手に持つプロポに付いている赤い色のボタンを指さした。

「カーゴが壊れたりしないのか?」

「丈夫に作ったし、仮に壊れてもこれだけの積載能力を持つドローンに比べれば、自前だから安く作れるんだ。例えるなら、宇宙ステーションと使い捨てロケットの関係だな。どちらが貴重かなんて言うまでもないだろう」

「あ、そういうことか」

僕は納得して心の準備に入った。

「では、行くぞ」

「了解」

「スタート」

握りこぶし程度の模型がするすると上昇を始めたと思ったらブーンという軽い振動音が届いた。弾丸のごとき模型は見る間に速度を上げながら進んで行き、あっという間に100ヤードラインを越えた。

「カット!」

デイヴィッドが叫ぶ。

僕は慌てて赤いスイッチを押そうとした。しかし、ドローンは対空砲火に遭遇したように粉砕されてしまった。上空からガーンという音が響いた。

「オーマイガー!」

操作が間に合わなかったのを理解して僕は叫んだ。

「何やってるんだよ!いざとなったらカットしろと、あんなに言ったのに」

「そもそも僕は早く動くのが苦手だって知っているだろう?頼む相手を間違えたのは君だ」

僕ら二人は互いを罵り合いながらもバラバラになって落下していくドローンを見つめるしかなかった。


万が一のために持ってきたバケツを片手に僕らは小麦畑を歩き続けた。粉々になったドローンの破片を見つけてはバケツに入れる。

「こんなに踏んだら麦が死んじゃうんじゃないのか?」

不機嫌な顔をしながらも歩くことで踏みつけざるを得ない麦の心配をするデイヴィッド。

「この時期の麦は踏むと強くなるから問題ないのさ」

まったくこの男は知識が有るんだか無いんだかどっちだ。そんな事を考えながら僕は返事をする。デイヴィッドはドローンの部品に傷付けられた麦の茎を手に取って見ていた。

「畑の持ち主に申し訳ない気分だ」

「そう思うなら謝る相手は僕だぞ」

「君の持ち物だって?」

「当たり前だ。あのな、食物自給率は国力の指標とも言えるんだぞ。戦争が起きたら輸入なんて簡単に出来なくなるんだからな。その時々の儲けは度外視しても、押さえておかなければならないのが農地なんだ。我が一族が広大な小麦畑を所有し続けるのは、国家を掌握する上で絶対の条件なのさ」

デイヴィッドはびっくりしたように口を開けて何か言おうとしたが、結局また歩き始めた。

「ドローンの破片が散らばったのが、たかだか100ヤードかそこらの範囲で良かったな。しかし、そもそもあの程度の高さまでしか上げないなら、こんなに広い場所を用意する必要なんてなかったんじゃないのか?」

良い方向に捉えようと言葉を発しつつも、僕は疑問に思った事を口にした。

「わからない奴だな。僕は失敗を人に知られたくないんだ。だから、他人に見られる心配のない場所が欲しかっただけさ」

怒った顔をしてデイヴィッドが言う。

「は?1マイル離れないと危険だからじゃなかったのか?」

「違うよ。爆弾じゃあるまいし、そんな広範囲に被害が及ぶわけないじゃないか。成否が解らないから秘密にしたかっただけさ」

「あ、そういうこと。でも僕は見ることになっちゃったよな?」

「だから君以外の人間に自分の失敗を見られたくないのさ。みなまで言わせるなよ」

デイヴィッドがこちらを睨みつける。

「すまん」

僕は素直に謝った。

「わかってくれれば良いんだ」

デイヴィッドがまた歩き始めたので、僕は小走りに近寄った。

「なに、今回は失敗だったが気にするな。次があるよ」

彼を慰めようと僕は声を掛けた。するとデイヴィッドは意外そうな顔をして立ち止まり振り返った。

「何が?カーゴは何の問題もなく上昇したじゃないか。実験は成功だ」

「は?回生ブレーキが効かなかったのは失敗じゃないのか?ドローンが粉々になったんだぞ?」

「ブレーキは次の課題だ。ドローンの件は君の失敗で僕じゃない。それにリニアモーターカーゴが保持する上昇エネルギーの凄さを示すには、ある意味最適の事故だよ。なんて言ったって、大気圏を脱出するにはミサイル並のエネルギーが必要だからね」

「え?」

僕は唖然とするしかなかった。

「ふっ」

口を開けたまま固まった僕を見てデイヴィッドが笑った。

「はっはっは」

そんな彼の様子を見て、僕にも笑いが込み上げてきた。確かに彼は宇宙エレベータ建設に向けて一歩前進したのだ。冬の初め、僕ら二人は日が傾くのも気付かずにヨークシャーの小麦畑で腹を抱えて笑い続けた。

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