第19話 登壇

 デイヴィッドは頭を抱えていた。

 宇宙に行くだけでは駄目なのだ。もちろん無重力空間での各種実験は多くの新たな知識を生み出し、人類進歩の一助にはなるだろう。しかし、実用化できた物質なりシステムが社会に実益をもたらす域に達する頃には、次世代への橋渡し、そして、引退となるのは必至。人一人の半生をもってしてもほんのわずかな歩みでしかない。いや、宇宙拡大の速度を鑑みれば、前進しているのかどうかすら、怪しい。月着陸以後の宇宙開発史を紐解けば、それは火を見るよりも明らかなことだった。

 アヴィアン・ローブナー教授という学問的に尊敬出来得る人間の下で働くことで身に染みてわかったことが有る。彼ら超一流の博士・研究者に経営的センスは皆無だ。対して僕は、ジョナサンという生まれながらの資本家と関わって以降、それまで学問の延長としてのみ考えていた将来の希望に経営という概念を組み込むようになった。

「宇宙服一つとっても数十年使い回しなのだからな。進歩しているのか、本当に?」

自分の口から出た言葉に、デイヴィッドは皮肉な笑みを浮かべるしかなかった。

 これから発表する計画そのものに利益を生み出す何かを見出さない限り、自分が成そうとする事も単なる国際協力で終わってしまう。

「ではどうする?宇宙から何をもたらせば地球人類の為になるのだ。何が求められる?」

苦しい自問自答は続く。

「人類の為になるもの、それは?」

そこまで考えた時、自分の考えが足すことにばかり偏っていることにデイヴィッドは気が付いた。何かを地球から取り除く。そんな引き算の思考も有りなのかもしれない。暗かった視界の先のほのかな灯りを彼は感じた。

「常温超伝導電磁石およびカーボンナノチューブの融合態による宇宙エレベータ計画、発表はデイヴィッド・ライフィールド博士です」

 周囲に響き渡った自分の名前が、僕を現実に引き戻してくれた。急激に光量を増す舞台の灯りは、これから登るひな壇を立体的に浮かび上がらせてくれている。僕の胸に自信が漲ったのは、後に世紀の大計画と評価されることとなる発表の前、刹那のことだった。


 その日、デイヴィッド・ライフィールドがただ美しいだけの教授ではないことを全人類は知った。世界的物理学会の場において発表された宇宙エレベータという壮大な計画を報じるニュースは、瞬く間に世界を駆け巡った。

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