第8話 査定

 我が屋敷内では、客人の行動を妨げることは暴力的な行為を除けば好ましくないこととなっている。デイヴィッドの場合は、芝生に寝転んでの脳内実験が最も配慮の必要な行動だ。そのため、彼が芝生から立ち上がるのを待って声を掛け、僕らはそのまま並んで屋敷に向かって歩み始めた。

「ところで、君が到着した日に採寸した服が出来上がったんだ。それで今夜辺り、父に紹介したいと思うからよろしく頼むよ」

夕刻の長い影を踏みながら正準三つのフォーマルスーツが出来上がったことを告げ、僕は彼にパーティへの出席を即した。

「初めからそういう約束だったからな。ジョナサン、心配しなくて大丈夫だよ」

デイヴィッドの笑顔は少しだけ曇っていたが、彼の返事を聞いて僕はほっとした。これで父の指示に対する勤めは果たせることになる。父とデイヴィッドはある意味似たもの同士で、自分本位この上ない。双方を納得させるのはかなり難しいと思われたが、どうやら上手くいったようだった。デイヴィッドからすれば、パーティへの出席は煩わしいであろう。とは言え、今回の誘いの後、プライド高い彼がフォーマルなダンスを習い始めたことを僕は知っていた。パーティで恥をかかないように下準備をしていることは間違いない。常に自信に満ち溢れている彼にも可愛い所があることを知って、僕はほくそ笑んだ。もちろんそのことについて彼に問い質すような失礼なことはしなかったが。

 デイヴィッドと僕が屋敷の入り口に達した時、ロールスロイスがやって来て玄関の車寄せに止まった。そして、嫌味なくコーチビルドされたテンペストグレーの車体からカップルが降りてきかと思うと、こちらに近づいて来た。その内の女性の顔を見た途端に僕は硬直した。のどに急激な渇きがもたらされ、密かにうめき声を上げざるをえなかった。

「久しぶりね、ジョニー」

恐ろしいほど美しいその女性は、固まったままの僕に近づくと、軽く抱擁して頬に口づけをした。

「ベアトリス姉、いえ、公爵夫人、そして、閣下。ご機嫌いかがですか?」

ようやく口を開くことのできた僕の問いかけに返事をすることなく、彼女はデイヴィッドに挨拶を即すべく微笑みかけた。

「デイヴィッド・ライフィールドです。どうぞお見知りおきを」

「初めまして。ジョニーの姉のベアトリスです。大学で彼が仲良くしていただいているそうね。どうぞ、お気楽に。ゆっくりしていらしてくださいね」

デイヴィッドのそつない挨拶と会釈を笑顔で受けると、彼女と連れ合いの公爵は執事の導きで屋敷に入っていった。

「くっくっく、君をジョニーと呼んで文句を言われない人を初めて見たよ」

デイヴィッドは僕を見て笑った。

「笑うな。ジョニーと呼ばれると姉の前に立った気分になって、身体が硬直してしまうんだよ」

額の汗をぬぐいながら僕は言い訳した。

「なぜ?美しくて優しそうなお姉さんじゃないか」

訝し気に顔を覗き込んでくるデイヴィッドを僕はつい睨んでしまった。

「君は知らないだろう。世の中にはあるんだよ、愛という名の虐待がな」

僕の言葉にデイヴィッドは肩をすくめた。

 さきほど、姉夫婦が入っていった玄関では、僕らの為に執事が扉を開けて待っている。僕はデイヴィッドに先を即して屋敷内に足を踏み入れた。それにしても、公爵夫人となって家を出た姉と僕の友人であるデイヴィッド。現在の立場で言えば、どちらも客人ということになる。当家の敷地内で、しかも玄関で客同士が鉢合わせすることなど、通常のレッドシールド家ではありえないことだ。何故ならより位の高い方を優先することになるため、下位の人間に無用な悪感情を抱かせる危険があるからだ。となると、考えられる理由は二つ。一つ目は、デイヴィッドの魅力を査定すること。女性から見てのデイヴィッドはいかに。そしてもう一つは、僕の姉である公爵夫人を鉢合わせさせ、道を譲らせる。そうすることで、レッドシールド家の跡取りである僕と彼では生きている世界が違うのだと、デイヴィッドに知らしめようというのだ。そのために姉はここに来た。確かにこれ以上の人選はない。自らが会う前にそのような配慮をする父ソール・レッドシールドに対して、僕は空恐ろしさを感じた。

 背後で扉が閉まる音がした。父が巧妙に張った網に既に足を踏み入れていることを僕はデイヴィッドに告げられずにいた。

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