第17話 卒業

 ジョナサンの父親であるソール・レッドシールド男爵の後ろ盾もあり、僕はアヴィアン・ローブナーの元に行くこととなった。アメリカ合衆国大統領科学技術諮問委員などの要職を歴任する世界トップクラスの天文物理学者。その彼が率いる研究所の博士研究員という立場を手に入れたのだ。

「デイヴィッド、世界を大きくするという君の目標に期待しているよ」

男爵は僕の肩を叩きながら言った。彼が用意してくれた道が最適なルートであることは、誰の目にも明らかだった。そう。そのまま交通違反を犯すことなく、じっくり研究者としての道を歩んで行けば、40年後、僕は宇宙物理学の世界でトップに上り詰めることが出来、国際プロジェクトとして宇宙エレベータを造り得るのだ。

 卒業のその日、父親の跡を継いで実務に進むジョナサンが、パーティーの席で今更のように握手を求めてきた。

「デイヴィッド、君は誰にも真似できないペースで実験を繰り返し、論文を発表してきた。その努力を誰よりもよく解っているのは僕だ。いざという時は必ず連絡してくれよ。世界で一番君に期待しているのは、たった今君の目の前にいるこの男なのだから」

唯一の友人は自らを指さしながら、誰かに聞かれるのを避けるかのように僕の耳元で囁いた。父親から手始めに100兆ポンドを引き継いだ彼は、名目上はプライベートバンクの経営者になるという。

「それは、投資をしてくれるという意味だと捉えて間違いないかい?」

僕はジョナサンに確認のため問いを発した。

「ああ、その通りだ」

顔色を変えることも無くジョナサンが言う。

「本当に?」

しつこく念を押す。

「もちろん。それで信じてくれるのなら、最高の進路を手に入れた君に対して、僕の気持ちの証明のためにお祝いのプレゼントでもしようか?」

彼の思いがけない提案に僕はしばし考えた。

「ではお願いしよう。これから全てをすっ飛ばさなきゃならない僕のために、その役に立つ何かを用意してもらえたらうれしいよ」

普通であるなら、雲を掴むようなこの虫の良い願い。それにも関わらず、ジョナサンは笑み一つ添えただけでさらりと言った。

「数日でお届けしよう。僕のチョイスは気に入ってもらえることと思うよ」

「楽しみに待つことにするさ」

最後に一度だけハグをして、僕らは卒業パーティを後にした。


 一週間後、新天地に着いたばかりの僕は、玄関から聞こえる呼び鈴の音に目を覚まされた。慣れない時差に、あくびを堪えながら開いた扉の前にそれは止められていた。

「マーセイディスAMG ONE」

ディーラーが差し出したパンフレットに書かれた車名をかすれた声で僕は読み上げた。言わずと知れた、世界最速級の市販車だ。

「まるでSFの主人公が乗る宇宙船のようじゃないか。ジョナサン、なんて奴だ」

僕は半ば呆れて呟いた。


―全てをすっ飛ばすならこれしかないだろう―


次いで差し出された手紙には、ただ一文だけがジョナサンの筆跡で書かれていた。

思わずこぼれた笑みを後にして、1.6リットルV6ターボエンジンを吹かすべくアクセルを踏む。低く唸りを上げるエンジン音と車体に、道行く全ての人が振り返り、僕の眠気は吹っ飛んだ。

 新鮮な朝の空気に満たされたハーバードヤードの路上、僕は最高の気分でハンドルを握った。鮮やかな街路樹の緑が流れるように過ぎて行った。

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