第5話 得心

「父に拠れば、人生の若い時期に一般的な階層の人々と交流する必要があるということらしい。とは言え、社会構造の上層部限定で充分とも考えている。結果としてのケンブリッジなんだろうさ。もちろん君もその一般的な階層に含まれるわけだ」

ケンブリッジに来る人間を上から見る一族の考え方を発すると、ジョナサンは一息ついてからコーヒーを口にした。

「我が一族は数世代において、概ねここで数年を過ごしている。君が生まれる前から続いていることなんだから、それを避けたければ、いなくなるのは君の方だろう」

知的レベルの差に拠らない人間区分。これまでの人生で培ってきたのとは違うものの見方にデイヴィッドは新鮮な気分を味わっていた。大学教授の講義を聴くような気持ちがデイヴィッドの内に現れ出していた。ジョナサンは話を続けた。

「それに誤解があるようだが、資産に胡坐をかいていられるほど我が一族は生易しくない。毎年最低でも4パーセント、できれば6パーセント以上、資産を増やすことが義務となっている。それがレッドシールド家のある意味掟なんだよ」

「高配当の株と預貯金での運用。君ほどの資産があれば、それほど難しいことではない気もするが?」

経済に疎いデイヴィッドが入れる茶々をジョナサンは鼻で笑った。

「人生トータルで良ければそうかもしれない。ただ、僕らに求められるのは長期短期全体としての4パーセント増だ。不景気で株価が下がれば評価額が一時的にマイナスになることもある。それも含めての恒常的資産増は決して簡単なものではない。もし出来なければ同族から潰される。つまり赤い柵の外に追いやられる、それがレッドシールドという一族なんだ」

「君の祖先は、その掟と苦難を乗り越えてきたんだろう?ならば、既にノウハウは蓄積されているんじゃないのかな?とすると、君は君のご先祖様達に比べて能力が低いということになるな」

単なる嫌味だという事はわかっていた。だが、言い負かされることに慣れていないデイヴィッドは、ジョナサンに対して何とか一矢報いたいという思いを止めることはできなかった。

「ふん、確かにある程度の理論はできているさ。世界的大恐慌を起こすことすらも我が一族ならば可能だからな。人類を拡大させ続けられる状況であれば、僕もそれほど悩みはしない。だが、人類の総数を縮小に向かわせなければならない現代において、尚、4パーセントの資産増を目指さなければならない。この大変さは君にはわかるまい。失礼、時間を無駄にしたようだ」

食事を終えて、ジョナサンは残りのコーヒーを一息で飲み干した。そして立ち上がると、あきらめ顔で呟いた。

「ああ、地球を大きくすることが出来るのならば、どんなにか楽だったのに」

その言葉を聞くと、一瞬背中を震わせた後にデイヴィッドは目を見開いてジョナサンを見た。そして、言う事だけ言って席を離れようとする彼を引き留めた。

「僕がケンブリッジに来た理由がわかったよ。ジョナサン、君に会うためだったんだ」

初めて友と感じられる相手を得て、デイヴィッドの表情には且つてない微笑が浮かんでいた。

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