第3話 第9レース・S級準決勝①

 成行と見事は特観席2階に並んで座っていた。二人の真後ろの席に雷鳴と福岡の魔女・稲盾いだてさちが座っている。


 この特観席は上部から下部に向かってくだっていくような造りになっている。最前列の席は間近にレースを観ることができる。だが、その分、階段を駆け上がるように無人投票機へ向かわなくてはならない。そのため、投票に間に合わなくなることを嫌う客は、最前列の席を避けることがあった。


 成行と見事は雷鳴が購入した専門予想紙をジッと読んでいた。未成年の二人は車券を買えないのだが、読む分には問題は無い。


 それと雷鳴が購入した専門予想紙が『南競なんけい』であることを、密かに喜んでいた成行。南競は、成行の父が記者をする専門予想紙だ。


 次はいよいよ第9レース。S級・準決勝の一つ目。ここから10、11レースと準決勝がトータル・3個レース組まれている。この準決勝が雷鳴と幸の予想対決の舞台になる。


 雷鳴と幸が取り決めた対決の内容はシンプル。

 本日開催の準決勝・3個レースと、明日の決勝で、どちらが手元に残る金額が大きいかで勝負する。

 賭式は自由で、本日がそれぞれ15万円。明日の決勝戦では、10万円。トータル25万円から最終的に残金が多かった方が勝利である。



 ※※※※※



 成行は後ろの席を振り返る。すると、雷鳴も、幸も無言で予想紙に向かい、一切喋らない。予想しているので、本当に両者とも喋らない。

 スマホで最新のオッズを確認しつつ、獲物を狙う猛禽類のように鋭い目をしている。


 そんな大人二人を目にした成行は、そっと見事に言う。

「あの二人を見ていると、受験の日を思い出す」

 その言葉に見事も背後へ目を向ける。


「さすが、日本選手権競輪ダービーの準決勝戦ね。普段のS級シリーズじゃあ、あそこまで真剣な目にならないわ」

 見事は小さな声で話したのだが、雷鳴には聞こえていたようだ。

「見事、お前の予想見立てはどうだ?」


「えっ!?私?」

 急にそんな事を聞かれたので、答えに詰まる見事。

「予想するだけなら、問題ない」と、専門予想紙から目を離さない雷鳴。


「えっと・・・」

 急なフリに、見事は思わず南競を見返す。


 すると、成行が透かさず手を上げた。

「賭式はどうします?」

 雷鳴へ問いかける成行。


「じゃあ、2車単で」と、雷鳴は成行を一瞥した。


「2車単ですね─」と、ご機嫌な様子で答えた成行。いや、やる気があるような雰囲気の成行。彼は見事が手にしていた南競を拝借し、9レースの出走表を再確認する。


 9レースでは、以下のメンバーが出走する。

 ①飴谷あめたに寿章としあき:青森県 S級1班 競走得点112点(逃) 27歳


 ②来生きすぎ宏太こうた:岡山県 S級1班 競走得点111点(両) 32歳


 ③遠増とおます典行ひろゆき:宮城県 S級S班 競走得点116点(追) 41歳


 ④伊万里いまり彩星さいせい:東京都 S級1班 競走得点112点(両) 28歳


 ⑤加治木かじき久人ひさと:熊本県 S級1班 競走得点114点(両) 34歳


 ⑥海野うんの大吉だいきち:静岡県 S級1班 競走得点111点(両) 27歳


 ⑦大野おおの義厚よしあつ:岡山県 S級1班 競走得点115点(両) 28歳


 ⑧青澤あおさわ達大たつひろ:東京都 S級1班 競走得点112点(追) 39歳


 ⑨寿ことぶき勝男かつお:福岡県 S級S班 競走得点115点(逃) 26歳


 そして、このレースの並びは、以下のようになっていた。


 ←①③(北日本) ⑨⑤(九州) ⑦②(岡山) ⑥④⑧(東日本混成)


 競輪では同じ都道府県や地区の選手とと呼ばれる『並び』を組んで戦う。

 これが基本だが、同じ地区の選手がいない場合には単騎一人競走レースしたり、他地区の選手とラインを組むケースもある。


 さらに並び方では、選手の『脚質』も関係する。この脚質とは、各選手のと考えればわかり易い。

 力の限り風を切って走る先行逃げ。先行する選手の後ろを守る追込(またはマーク)。ラインの先頭で戦うこともあれば、番手を守ることもある自在

 選手の脚質もレースを予想する上で重要な要素である。そして、何よりもレースする選手たちにとっても、結果を左右する重要な要素だ。


 成行が嬉々として予想を名乗り出たのにはワケがあった。両親は専門予想紙と大手スポーツ紙の競輪記者。そんな彼としては、ここで自らの予想を披露したいという欲求に駆られていた。


「教科書通りの予想なら、2車単は①③⑤⑦⑨のBOXですね」

「それだと面白くない。教科書通り過ぎる」

 雷鳴は成行の予想を切り捨てる。しかし、これは成行の予想が出鱈目なのではなく、オッズ通り人気の予想だった。


「もっと絞れないか?」と、高校生相手に厳しい要求をする雷鳴。しかし、成行は臆することなく答える。

「ならば本当に堅い予想で、北日本コンビの①③⑨のBOX。それと少し穴目で、③⑤⑦のBOXで」

「③⑤⑦ね・・・」

 成行の意見を聞いて、雷鳴は自分のスマホでオッズを確認している。


「①③⑨はわかるけど、③⑤⑦の理由は?」

 そう尋ねてきたのは見事だった。成行は直ぐさま南競の紙面を見せながら解説する。

「このレースで人気も、実力も①③が圧倒的だけど、ここは日本選手権競輪ダービーの準決勝。①の飴谷が逃げるハズだけど、相手は。しかも、細切れ戦でラインが短いから、対抗人気の九州2車と岡山2車が位置取りをして捲ってくるはず。そうなると、九州か、岡山コンビの捲りが当たる可能性があり」


 成行の予想を聞いた見事も、南競の紙面を見つめながらこう言う。

「⑨は逃げない?」

「逃げない!」と、即答した成行。


「⑨寿は先行型といっても、①の飴谷と比べれば、①飴谷の方が先行力で上手うわて。それに⑨寿も捲った方が良いと考えているはず。それが決まり手にも出ている」

 トントンと、成行は第9レース出走選手の決まり手を指さす。確かに①飴谷はの決まり手が多く、⑨寿はの決まり手が多かった。


 さらに成行は予想を述べ続ける。

「⑨⑤の九州コンビが捲りに構えるのは、①③の北日本コンビも想定しているはず。③遠増はマーク巧者だから、他のラインの捲りを止めることも計算している。そこで捲りが恐いのは九州コンビか、岡山コンビかと考えたとき。この場合、脅威なのは岡山コンビ。特に⑦大野。先行型選手ではないけど、タテ脚もあるし、ヨコもできる。⑨寿に比べればヨコの動きもできるから、③遠増のブロックを越える可能性がある。だから、穴候補で⑦大野」

「北日本コンビと九州コンビが叩き合う可能性は無いの?」

 見事の疑問に成行は答える。


「それは無いかな?北日本も九州も、その展開は避けたいはず。ライン2車同士でそんなことをしたら、岡山と東の混成ラインに勝ちを譲る羽目になるよ」

「う~ん、なるほどね・・・」

 難しい顔をしながら話す見事。


「因みに、見事さんの予想は?2車単で」

 今度は成行が見事に意見を求める。

 すると、今度は見事が南競の紙面を指差しながら話す。

「確かに成行君の言う通り、①③のBOXはわかるんだけどね。でも、それこそ①③を逃がしたら、そのまま逃げ切られる可能性もあるじゃない?なら、他のラインは北日本を後方に追いやりたいはずよ?」

「確かに。それも一理ある・・・」

 そう言いながら頷く成行。


「私は北日本コンビが後方に追いやられて、捲りに構える展開を考えるわ」

「となると、⑨寿が先行する展開だと?」

「そう。九州コンビが先行すれば岡山コンビが九州の後ろに収まり、東日本混成ラインもその後ろに来るはず。そうなれば、北日本コンビは一気に後方よ。確かに日本選手権競輪ダービーの準決勝だから相手は軽くない。だからこそ、北日本コンビが不発になる展開もあるはず」


 見事の予想を聞いて成行は考える。確かにあり得ない展開ではない。①③の北日本コンビが逃げれば、そのまま①③で決まってしまうだろう。それくらいに①飴谷と③遠増は調子が良い。

 それを阻止するには、一番後方の8、9番手に追いやるしかない。仮に①③が後方に追いやられて捲りに構えれば、そのタイミングに併せて岡山コンビと東日本混成ラインも動くだろう。その動き自体が①③の北日本コンビには邪魔になるのだ。


「私は2車単なら、岡山コンビの⑦②が本命。少し捻って⑦⑤③のBOXかしら?」

「⑨は残らない?」

「良くて3着かしら?成行君の言う通り、先行力では①が上手うわてだから。仮に打鐘ジャンから先行しても、最後の直線で失速タレるする可能性が。そうなれば、最悪⑨は着外飛ぶ


「見事─」

 不意に雷鳴の声がした。


「悪くない読みだと思う。①③を逃がせば、他のラインに出番は無くなる。2車とはいえ、他のラインが③遠増を難無く超えられるとは思えない。だが、だからこそ北日本コンビは後方に追いやられる展開を嫌うはずだ。仮に⑨寿が前を切ろうとしたら、突っ張ってでも、①飴谷は先行しようとするだろう。そうなれば、⑨寿は後ろに下げる。その場合、①③の後ろをどのラインが取るかだな?」

 雷鳴の予想読みに成行がこう言う。


「やはり、その場合は岡山ラインですか?」

「そう思う。⑦大野は位置取りに厳しい。九州ラインに①③の後ろを渡す気はないだろう。ユッキーの言う通り、穴は⑦大野だな」

「やっぱりか・・・!」と、少し嬉しそうに言う成行。


「さすが、ご両親が競輪記者だけあるわね」

 傍らで話を聞いていた幸が微笑んだ。


 二人の大物魔女に褒められて機嫌が良かった成行。特観席の天井に固定されたオッズモニターに目を向ける。

 相変わらず、2車単では①③の折返しが人気上位。そこに九州⑨⑤、そして⑦大野を絡めた車券が人気になっている。


 と、競輪場内に音楽が流れ始めた。

『変わります音楽は、締切5分前のお知らせです。締切時間になりますと、一切発売できませんので、車券をお買い求めの方はお急ぎください。尚、お買漏れの方がございましても、悪しからずご了承くださいませ』

 第9レースの投票締切5分前に差し掛かっていた。

 締切を知らせる放送と音楽が流れると、にわかに競輪場内の人の動きが慌ただしくなる。

 マークシートに急いで記入する人。無人投票機に急いで並ぶ人。皆が待っていた準決勝がいよいよ始まるのだ。

 このワクワクと緊張感は、競輪場内にいる全ての人が共有していた。
















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