第5話 駿河湾を目の前に

 棗姉妹は凛に連れられて久能山東照宮の参拝へ。海側の門前町へは、新居さんの運転するグランエースで向かった。


 そうなると、二人残された成行と見事。凛の勧めで、イチゴハウスから徒歩でも遠くない久能海岸へ向かう。


 久能海岸は、国道150号線を渡れば眼前である。快晴の下の駿河湾を見渡せば、大海原がどこまでも終わりなく広がる。

 天気の良さもあり、遠くには大型貨物船や海保の巡視艇も目視できた。


 国道を跨ぐ横断歩道で、青信号を待つ成行と見事。

「イチゴ狩り、楽しかったわ。誰かさんが食べ過ぎなければ、完璧だったのに」と、見事。


 しかし、それを言われた成行は、照れくさそうな表情で答える。

「いやぁ、それは言わないでくださいよ。それに見事さんがお腹を壊したワケじゃなかったんだし、それで良かったじゃないですか。ソフトクリームまで、あんなに美味しくて。バチが当たりますよ?」

「何で私がお説教されている雰囲気なのよ?」

「またまた、そんなこと言って━」

 成行は呑気にも、こう話し続ける。

「空は青いし、海風が心地良い。それで見事さんと海辺のお散歩でしょう?言うことないですよ?」

 成行はう〜んと背伸びする。


「なっ、なに言ってるのよ!」

 見事はを見られたくなかったのか、成行から顔を逸してしまった。

「あっ!信号、変わりました。渡りましょう」と、成行。彼は見事に手を差し出す。

 成行君のクセに手を差し出してエスコートしようなんて。と、思った見事だが、結局は手を繋ぐ。


 横断歩道を渡り、反対側の歩道へと辿り着く二人。波の音がより一層大きく聞こえる。

 そして、海風が潮の匂いを運んでくる。風が強いので、潮の匂いもさして気にならない。これも天気が良くて、空気が乾いているからだろう。


 海岸へと繋がる階段があった。

「見事さん、ここから海岸に行きましょう」と、成行は階段を指差す。

「うん」


 二人はゆっくりと海岸に降りて行く。

 海岸に打ち寄せる波が想像以上に大きかった。

「波が大きいわね。でも、海風が心地良いわ」

 見事は久能海岸からの景色に見惚れる。


「場所も変われば、波も変わるんですね。昨日の渥美半島からの景色とは違う」

 成行も静かに海岸から駿河湾を見渡す。彼も景色に見惚れている様子だった。


「まっ、歩いてみましょう」

 海岸を西へ向かう成行。見事も彼に並んで歩く。


 海岸へ来る予定は当初、無かった。だが、もしやと思い、見事は紺色のデニムに、スニーカーを選択。動きやすさを重視した。これは結果的に正解だった。白いシャツに、淡い水色の上着。今日の天候にもマッチしている。


 波打ち際まで迫る二人。

「おっと!これは危ない!」

「きゃっ!」

 波の高さにすぐ退散してしまう成行と見事。


「もっと離れた所を歩きましょう?」

「そうしましょう。油断すると、濡れちゃいそう。ドラマみたいにはいかないみたい」

 成行と見事は、少し駆け足で波打ち際を離れた。


「でも、良いゴールデンウィークになったなあ」

 成行が遠く駿河湾の先を眺めながら言う。

「でも、昨日は危ない目に遭って、せっかくの土曜日が台無しになっちゃったし・・・」

 少し寂しげに言った見事だが、すぐに成行が微笑みかけてくれた。


「大丈夫です。今日はその分、たくさん幸せです。食べ過ぎに注意という教訓はあるけど」

 そう言って成行は戯けてみせた。


 それを目にした見事も微笑む。

「ありがとう、成行君。今日は一日楽しみましょう」

「そうそう。人生はたのしまなきゃ」


 見事と成行は再び手を繋ぐ。この平凡さこそが、なのだ。そう思わずにはいられない見事だった。



          ※※※※※



 久能海岸を西へ歩く見事と成行。散歩を始めた場所から、30分ほど歩いただろうか?見事のスマホに電話がかかってくる。


「電話?」と、スマホを取り出す見事。


 見事のスマホ画面には着信相手が表示されている。凛からの着信だった。

「もしもし?どうかしたの?」と、すぐに電話に出る見事。

「見事、こっちは今、東照宮の入口に着いたわよ」

「今、着いたの?」

 思わず時刻を確認した見事。簡単に計算して、登頂までに30分と見積ればよいだろう。


 見事は久能山方向を眺めながら話す。

「これからお参りするの?」

「休憩するわ。双子姉妹がそれをご所望だから」

 微かに棗姉妹の声が聞こえた気がした見事。


「じゃあ、しっかりお参りしてきてね。この後の勝負もあるだろうし」

「もちろん。私のママが勝てるようにしっかりお願いしてくるわ」

 凛の意気込んだ声が聞こえてくる。


「なら、私と成行君は一足先に競輪場へ向かうけど、構わない?」と、確認する見事。

「それは構わないわ。新居さんのタクシーは海側の駐車場で待機しているはずだから、連絡してみて。連絡先を送るわ」

「ありがとう、凛。じゃあ、また競輪場で」

「ええ。またー」

 通話が終わると、すぐに凛からのメッセージが届く。そこには新居さんの連絡先が記載されていた。


「凛さんから?」と、成行が尋ねてくる。

「そう。三人は今、東照宮の目の前みたい。これからお参りをするみたい」

「流石に登山で東照宮だと、時間はかかるか」

 成行も久能山の山頂に目を向けた。


「凛には競輪場へ行くことを伝えたわ。新居さんに迎えに来てもらって、静岡競輪場へ向かいましょう」

「予定より少し早いかもですけど、行きますか」

「そうしましょう。ママにもメッセージしておくわ」

 見事は雷鳴へのメッセージを打ち始める。


 いよいよ日本選手権競輪・開催中の静岡競輪場へ向かう二人。だたし、ここからが当初の旅行予定と異なる点があった。







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