第3章 日本選手権競輪・5日目
第1話 決戦の地・静岡競輪場
成行と見事が静岡競輪場へ着いたのは13時半頃。久能海岸から競輪場まで新居さんタクシーに送ってもらったので楽に着いた。
だが、そこはゴールデンウィーク。そして、
競輪場周辺は混雑していたので、近くで下車。徒歩で静岡競輪場に入った成行と見事。とてもではないが渋滞で競輪場に近づけなかった。
二人は静岡競輪場の南入場門から入った。
「話には聞いていたけど、本当に混んでいる」
「ええ、立川や京王閣でグランプリをするとき以上に混雑しているわ」
成行と見事は静岡競輪場の盛況ぶりに圧倒された。競輪選手やファンの間では、首都圏の競輪場以上の賑わいをみせるという静岡競輪場。
二人が南入場門から入った時点で、静岡競輪場内は無数のお客様でごった返している。まるでラッシュアワーの品川や東京の駅のようで、移動するのも困難な位だった。
競輪場内で足を止める二人。他の客の迷惑にならないよう、施設内の隅へ移動する。
「雷鳴さんはホーム側の特観席にいるの?」
周囲を気にせず話せる場所へ来た段階で、成行は見事に尋ねた。
「ええ、そうよ。とりあえず連絡するわね」
見事はスマホを取り出すと、雷鳴へ電話する。
日本各地の競輪場では
しかし、日本選手権競輪のような
開催5日目(準決勝の日)と、翌・最終日(決勝戦の日)の特観席は、事前抽選の当選者だけが入場できるシステムにしていた。こうして特観席チケットを求める人の混雑回避するのだ。
この話は成行も見事も、リサーチしていたので知っていた。そして、事前抽選に当選していた雷鳴から、特観席チケットも渡されていた。
「もしもし、ママ?今、競輪場に着いたわ」
『見事か。皆、いるのか?』
雷鳴は見事からの着信にすぐ出た。
「私と成行君の二人だけよ。凛と双子魔女は、久能山東照宮にお参りしている最中」
『あの三人は久能山か。なら、すぐには着かないだろうな?』
「そうね。でも、新居さんが迎えに行ってくれるはずだから、心配無いと思うけど。私と成行君も特観席へ向かうわね」
電話を切ろうとした見事を雷鳴が止める。
『待て!頼みがある』
「頼み?何を?」
電話を切ろうとした見事の手が止まった。傍らで会話を眺めていた成行が首を傾げる。
※※※※※
成行と見事は、静岡競輪場内の売店前にいた。しかし、その売店が近いようで遠い。多数のお客さんが静岡おでん、揚げ物、弁当、おむすび、焼きそばを求めて売店前にごった返している。なので、なかなか前に進めない。
「ごめんね、成行君。こんなことを頼んで」
隣に並ぶ成行へ言う見事。彼女は少々申し訳無さそうな顔をしている。
「大丈夫。これも競輪場の醍醐味でしょう?それに
成行は気にする素振りはなく笑って答える。それには安心したような表情をした見事。
雷鳴から見事へのお願い。それは、『売店でおでんを買ってきてほしい』というものだった。
「でも─」
成行は列に並びながら前を見る。ここまで来ると、売店の静岡おでんが食欲をそそる匂いを発している。それ以外にも様々な種類の揚げ物、弁当、焼きそばに良い匂いがする。まるで祭りの屋台のような雰囲気で、二人をワクワクさせる。
それは他の客も同じようで、大人、子ども、高齢者など、全ての人々が日本選手権競輪を楽しんでいた。
「おでんが凄く良い匂い。これは楽しみだね、見事さん」
匂いだけでも美味しい。それが静岡おでんの凄さだ。
「うん。この匂いで静岡おでんには期待せざる負えないわね」
見事も楽しみに頷く。
二人はおでんの匂いを楽しみつつ、売店へと一歩一歩と近づく。
「いらっしゃいませ!」
二人が売店の目の前へ着いた。威勢の良い声で店員がおでんを商う。そこに広がる惣菜の畑。改めて、目の前で見ると圧巻の光景だ。
黒いつゆの中でじっくりと客を待っていたおでんの具たち。日本中から集結したかのように多種多様な揚げ物の山。それに出来たてのカツ丼、天丼、焼きそばのパックが山になっている。
思わず目移りしてしまう成行と見事。圧倒されている二人の側から、他の客が次々におでんや惣菜を買っていく。ボーッとしていては迷惑な位だろう。それ位、瞬く間に惣菜類が売れていく。
出汁の染み込んだ湯気が二人の鼻孔をくすぐる。見事がおでん鍋を眺めながら、店員へ注文する。
「すいません。フワを10本。それと─」
見事は声を張って注文した。そうしないと、声が店員に届かない。彼女の注文に、店員はおでんの具を白いトレイへ収め始める。見事の注文は全て雷鳴からのリクエスト。行列に並ぶ間、見事宛にメッセージが来ていた。おでんダネのリクエストだ。
店員は手際よくおでんをトレイに積み上げる。そこには瞬く間におでんの山が出来ていた。中でも串に刺さった一口サイズの肉が二人の食欲をそそる。これが世に言う『フワ』というおでんダネ。これは牛の肺であり、これぞ静岡おでんの具という人もいるくらいだ。
雷鳴がリクエストしてきたおでんは、大きな白いトレイ2つ分。そんな大量のおでんを店員は器用にラップで包み、見事に手渡す。彼女はそれと引き換えに札を渡す。
「見事さん、1つ目は僕が─」と、1つ目のトレイを受け取る成行。
「ありがとう、成行君」
見事は2つ目のトレイを受け取った。
こうして、二人はアツアツのおでん山盛りトレイを手に、ホームストレッチ側の特観席へ向かう。
人混みを掻い潜り、ホーム側・特観席へ入った成行と見事。エスカレーターを上がり、特観席2階へ向かう。
エスカレーターを上がって、すぐ左手側。2階の特観席入口があった。警備員の男性、競輪場の職員の女性が、ここで入場者の特観席チケットを確認する。
片手におでん、もう片手に特観席チケットを持って二人は入口へ向かう。
「いらっしゃいませ。入場券をお願いします」
特観席チケットの提示を求める警備員と競輪場職員。
成行と見事は、事前に雷鳴から貰っていたチケットを提示する。それが確認され、特観席チケットに入場のスタンプが押された。
「さて、私達の席は─」
特観席へ到着した成行と見事は、自分達の席番号を確認する。特観席エリアへ着くと、柱に大きく席番号が表記されている。それを照らし合わせて、雷鳴が待つ席へ向かう。
二人の席は雷鳴と近い場所になっている。そこに向かえば、雷鳴と合流できる仕組みだ。
「見事さん、僕らの席はゴール線よりも西みたいですね」
成行は座席番号と、特観席エリア表記を照らし合わせながら話しかけた。
「そうね。西寄りの席になっているみたい」
見事も自身の座席番号と、柱の表記を見比べながら言う。
「こっちか?さあ、行きましょう」
「ええ」
成行と見事は2階の特観席を西へ進む。
今日は日本選手権競輪の5日目。つまり、準決勝が行われる日だ。そのせいか、抽選で入場する特観席も満席に近い。
席にすわりスポーツ紙や専門予想紙と睨み合う客。相席の知り合い、家族とおでんや弁当を楽しみつつ歓談する人。『誰が勝つか?』、『コイツは調子が悪い』と、自分の読みを披露し合う者。みな、思い思いに日本選手権競輪を楽しんでいる。
特観席を西に進んでいたときだ。
「おーい!ユッキー、見事!」
聞き覚えのある声がした。
成行と見事は声のした方をみた。予想紙を筒状に丸めて、威勢良く手を振る雷鳴がいた。見れば、雷鳴の隣には、あの
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