第2話 魔女の対決

 成行と見事は、雷鳴と幸の待つ席へ向かった。二人の席は大人組の前に位置していた。特観席というのは、二人一組で並んで座る形がスタンダード。ここ静岡競輪場も、その例に外れていない。


「ママ。おでん、お待ち!」

 見事は雷鳴におでん山盛りのトレイを差し出す。

「お待ちどうさまでした」と、成行も自分が運んだトレイを渡す。


「すまんな、2人とも─」

 雷鳴はトレイを受け取ると、おでん代を見事に渡す。

「ありがとう、見事さん。岩濱君」

 礼を言い、ニコッと微笑んだ幸。


 雷鳴と幸は、カジュアルな姿で特観席にいた。雷鳴は長いセーターに、見事と同じくデニムを穿いている。幸は白いシャツにスカーフを纏い、淡いクリーム色のロングスカート。昨晩、目にしたドレス姿とは異なるが、着こなしがお洒落だった。


 特観席は二人一組で座るような座席に、それに合わせたテーブルが目の前にある。座席にテーブルというシンプルな造りだが、もうワングレード高い席だと、畳敷きで小型テレビ付きの座席もある。それは雷鳴たちの席から見て前方に位置していた。

 この席であれば並んで座れるだけでなく、中には一人寝転んでレースを観戦できる。


「あの畳敷きの席じゃないのね?」

 前を眺めながら言った見事。

「こればかりは抽選だからな。特観席に入れただけでもラッキーと思わないと」

 ラップに包まれたおでんを取り出しながら、雷鳴は言う。


「ほれ、二人も静岡おでんを。静岡競輪場の静岡おでんは天下一品だからな!」

 嬉々としながら言う雷鳴。再びおでんの良い匂いが広がる。


「やった!これは私も楽しみだったの!」と、嬉しそうに言う見事。彼女はフワが山盛りのトレイを受け取る。

「成行君もどうぞ」

 見事は成行にフワを取るよう促す。

「じゃあ、遠慮なく─」

 おでんの良い匂いに、成行の顔もほころぶ。


 一本ずつフワの刺さった串を手にした成行と見事。

「「いただきまーす!」」


 二人はフワを口に運ぶ。

「うーん!美味しい!出汁が染み込んで、肉が柔らかいわ!」

「これは美味しい!何本でも食べれる!」

 フワの美味さに思わず声をあげた成行と見事。


 フワは食べやすくカットされ串に刺してある。これがおでん鍋で濃厚な出汁をタップリと吸っている。これにより肉は柔らかくも、心地良い歯ごたえが残る。この美味さに魅了されたなら、本当に何本でも食べてしまうだろう。


「ママ、もう一本欲しいかも─」

「僕もおかわりを─」

 成行と見事は思わずフワのおかわりをした。


『ただ今より第8レース、実施いたします』

 不意に場内アナウンスがした。と、同時に特別競輪G1のときにしか使われない入場曲が流れ始める。


「おっ!8レースが始まるわい!」

 雷鳴はおでんトレーを一旦置くと、専門予想紙をめくる。


 入場曲に合わせて、バックストレッチ側の敢闘門から選手が自転車レーサーに乗り、登場する。


 バックストレッチ側から反対側。ホームストレッチ側には、多数の観客が詰めかけている。眼下のホームストレッチ側は隙間の無いくらいの混雑ぶりで、その人の多さには成行と見事も驚くしかない。


「凄い。何人いるんだろう?」

「京王閣や川崎以上の混み方ね」

 観客の多さに改めて圧倒された成行と見事。すると、雷鳴がこう言う。


「昼過ぎで入場客が1万人を超えているそうだ。明日の決勝戦のメンバー次第では、入場客は2万人に届くだろうな?」

「えっ!2万人ですか?」

「恐るべしね。静岡競輪場の集客力・・・」


 一概に比較はできないが、中央競馬に比べると、入場者数が1万人、2万人と聞けば見劣りする。

 しかし、首都圏の競輪場でも、1万人や2万人の入場者数を超える場所は殆ど無い。それだけ、静岡の集客力が凄いのだ。


「さあ、本番前の小手調べだな」

 雷鳴はニヤッと笑い、幸に言う。

「勿論、ここで景気良く勝っておかないと」

 幸もそう言って微笑む。



 ※※※※※



(話は昨晩にさかのぼる・・・)

 それぞれの部屋へ向かう前、成行と見事は雷鳴から話を聞かされた。それは土曜日明日、日本選手権競輪での話だった。


「実はな、明日、幸と対決をすることになった」

 雷鳴の言葉を聞いて、思わず顔を見合わせた成行と見事。


「対決って、どういうことなの!?」と、驚きを隠せない見事。


 成行も雷鳴の言葉に顔が強張っている。それもそうだろう。対決と言われれば、穏やかではない。しかも、成行がまたも拐われた直後の話。否応無しに成行と見事の不安が表情に現れる。


 しかし、二人の表情を見た雷鳴はこう言う。

「そんな心配をしなくても大丈夫だ」

「でも、ママ。対決って、どうしてそんなことに?」

 見事は恐る恐る尋ねる。


「幸から申し込まれた対決というのは、競輪予想対決だ」

「競輪予想対決ですか・・・?」

 怪訝そうな表情をした成行。


「まあ、聞いてくれ。ユッキーが双子魔女に誘拐されて、その双子魔女の身柄を預かっている。そこで、幸が双子魔女を返して欲しいと言ってきた。それこそ、雷光の差し金だがな。そこで、幸から提案された。今回の日本選手権競輪ダービーの予想で対決したいと。それに勝ったら、双子魔女を雷光に返して欲しいとな」

「じゃあ、魔法で対決するわけじゃないのね」

 見事が一安心したような表情をした。


「もちろんだ。せっかくのダービーなのに、何で魔法で対決しなくてはならんのだ?」

 すると雷鳴は何か言いたげな成行の表情に気づく。


「なんだ、ユッキー?何か思うところがあるのか?」

「いえ。魔法使いなのに、魔法で対決しないんだなって・・・」

「何を言っているんだ。せっかくのゴールデンウィーク。しかも、日本選手権競輪ダービーを観に来ているときに魔法で勝負したくないわい!」

 ぷんぷんとした様子で話す雷鳴。


「とにかく、魔法で勝負するとかではないので安心しろ。二人は明日は予定通り、イチゴ狩りに行って、その後で静岡競輪場で合流しよう」

 雷鳴はそう言って微笑むのだった。
















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