第8話 第10レース・S級準決勝②

 第10レース締切時刻を迎えた。特観席では車券を買い終えた客たちが自分の席へと戻ってくる。無論、その中には雷鳴と幸も含まれていた。そんな二人に成行は問いかける。


「雷鳴さん、車券はどうしました?」

 成行が穏やかな雰囲気に対して、雷鳴は強張った表情をしている。彼女は静かに自分の席へ座り、成行に購入した車券を見せる。

「まずはニ車単。ここは①②④⑤のBOXにした。一口5000円、合計で6万円。三連単は絞った─」

「ということは、勝負する気ですね?」

 ニヤッとした成行。

「ああ、勝負する─」

 そう言って雷鳴は次の車券を見せる。

、④−①⑤−①⑤で一口2500円、合計で5000円。①②−①②−④⑤で一口5000円。合計で2万円。これで勝負だ!」

 少し興奮気味に話した雷鳴。ここで当たらないと、かなりピンチに追い込まれる。それは本人がわかっているだろう。

 成行はさりげなくオッズ画面を確認した。雷鳴が少し荒れることを期待した車券も、そこまで高配当にはならない。勝負すると言いつつ、やはり当てることを優先している。


「幸さんの予想は?」

 成行は立て続けに幸へ尋ねた。すると、こちらは余裕の笑みを返してきた。

「次のレースの狙いはこれ」

「おおっ・・・!」

 幸の購入した車券を目にして、成行は思わず唸った。

「私も思い切って勝負するわ。三連単で、④⑤を軸に④⑤−④⑤−②③⑥⑧⑨。一口5000円で、トータル5万円。③④を軸に③④−③④−①②⑤⑦⑧で。一口2000円で、トータル2万円。それとニ車単は①②③④のBOX車券で、一口2500円。トータル3万円。これで勝負よ」

 そう言う幸の笑顔が素敵だった。


 幸の購入した車券を見て、成行は彼女の余裕と更なる勝負心を感じ取った。

 三連単の車券は、これこそ少し荒れることを期待したといえる。人気のある選手と無い選手を上手く絡めている。結果次第では中穴から高配当になるだろう。ニ車単も、結果次第で手堅くもなるし、中穴程度にはなる。


 二人の魔女の予想を聞き終えたときだ。競輪場内にチャイムが響く。

『お知らせします。只今より第9レースの審議VTRを放映いたします─』

 放送を耳にした人々の視線が場内テレビに向く。テレビには大きな文字で、『②番:失格 ⑦番:非失格』と映し出される。その直後、審議VTRが審判放送と共に流れる。


『②番選手は最終周回、第4コーナー付近において⑦番選手を押圧し、①番、③番、④番、及び⑨番選手を落車させましたので失格となりました。なお、⑦番選手は失格とはなりません』

 先程の9レースの落車の瞬間が映り、客たちから溜息が溢れる。


 審議VTRの放映終了後、すぐに第10レースの中継映像に切り替わる。

『それでは第10レース、二つ目の準決勝となります。実況でお楽しみください─』

 中継番組のMCがそう言うと、競走路バンクに選手が登場するシーンになった。入場曲と共に一人ずつ選手が発走機へ向かう。


 特観席の外にいる客の声が中継映像に混じりこむ。

『はやみん!マジで頼むよ!頑張れよ!』

『タカちゃんマン(高垣のあだ名)!お前、今日やることはわかってるよな!?ちゃんと、兄貴早見を勝たせろよ!!』

『八雲さーん!八雲さーん!!』

『兄貴、頑張れよ!今年のダービー王!!』

『御坂君!もう一回、ダービー制覇!!』

けいちゃん!群馬県の底力を見せろや!!』

『兄貴、兄貴!!頼みます!川崎の競輪王!!』

『智弥、ダービー連覇!!グランプリも連覇!!それで俺にもベントレー買ってくれ!!』

『お兄様!お兄様!!』


 客たちの人気は、②早見にある様子。彼が『兄貴』とか、『お兄様』と呼ばれるのには理由がある。彼には年下の従姉妹がいる。同じ川崎競輪場がホームバンクの競輪選手なのだが、従姉妹ではなく実の妹と勘違いしている客が多いのだ。


 出走する選手が発走機へ到着した。選手たちは観客に向かって一礼する。客たちからは聞き分けられない位の歓声が飛び交う。

 中継では実況アナウンサーによる選手紹介が始まる。一人ずつ選手紹介が行われている最中、ファンファーレが鳴り響く。


「ママ、お兄ちゃんは勝つかな?」

 後ろの席を振り返り、雷鳴へ尋ねる見事。彼女のいう『お兄ちゃん』とは、やはり②早見のことだろう。

「勝ってくれなきゃ、困る!」

 手を合わせて祈る雷鳴。凄く必死だ。『天にも祈る』とは、このことだろう。


「構えて!」と、審判の声がかかる。選手たちは自転車のハンドルを握りしめた。

「よーい!」

 号砲が鳴り、選手たちが乗る自転車が発走機を飛び出した。一瞬、見合った選手たちだが、すぐに先頭誘導員を追いかけ始める。


 ⑤御坂と⑦豊田が先頭誘導員の後ろを取りに行く。それぞれラインの先頭を務める選手だが、結局⑤御坂が先頭誘導員の後ろを取った。⑦豊田は御坂の後ろに位置を取る。

 すると、⑤御坂の後ろに向かって③舘崎と⑥吉谷が追いかける。⑤③⑥の関東ラインが形成される。


 その後ろに⑦豊田と⑧杉内の中部コンビが並んだ。そして、単騎①広重が中部コンビの後ろへ。最後尾に⑨高垣−②早見−④東松の南関東ラインが3人並ぶ。

 早い段階で各ラインの並びが整った。これで勝負処の赤板残り2周まで待つことになる。


「頼むよ、川崎の競輪王。ここは勝たないといけないところだぞ・・・!」

 雷鳴はお地蔵さんへ祈るかのようにバンクを見つめていた。そんな様子を目にして、成行もレースを静かに見届ける。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る