第9話 第10レース・S級準決勝③

 並びが整ってからレースは静かな展開が続く。

 9名の選手がホームストレッチを通過する度に客の歓声が5月の青空に木霊する。その声は②早見と④東松を応援する声が多い。


 レースはいよいよ青板残り3周に差し掛かる。しかし、隊列の7番手に位置取る⑨高垣は動かない。

 前にいる関東ライン、中部ラインの選手たちが警戒し始めるが、⑨高垣は仕掛けるタイミングを待っている。

 それに対して、関東ラインも中部ラインも、南関東ラインの動きを待った。

 隊列が残り2周半を過ぎて、2センターに差し掛かるときだ。⑨高垣を先頭に南関東ライン3人が上昇を開始した。


 それを見た客たちから歓声や怒号が飛ぶ。

『高垣、それでいい!一気に行け!!』

『御坂、来たぞー!!高垣、来たぞ!!合わせろ!!』

『智弥、南関について行け!!』

『高垣、はよ行けや!!止まるな!!』


 2センターを抜けて⑨高垣が率いる南関東ラインが、⑤御坂の関東ラインと並走する。

 二つのラインが並走のまま、先頭誘導員が赤板残り2周のホームを通過した。誘導員はバンク内側へ退避。その瞬間、一気にレースが動き始める。


 1センターに差し掛かるタイミングで、⑤御坂は南関東ラインと並走して牽制する動きを見せる。

 だが、踏みあいは一瞬。⑤御坂は冷静に南関東ラインを送り出す。

 むしろ、南関東ラインの後位を取られないように、中部ラインと①広重へ視線を向ける。

 打鐘だしょうが近づき、客のたちのボルテージが上がる。

『それでいいよ、御坂!ちゃんと送り出せ!!』

『ほら、タカちゃん行けよ!!』

『動けよ、豊田!!』

『いいぞ!高垣、行け!』


「流石だよ、御坂さん。ちゃんと位置取りできてる」

 ⑤御坂の位置取りの上手さに感心するしかない成行。他の客たちも同じような反応をしている。

 ⑤御坂は簡単に南関東ラインを前へ送り出すのではなく、他のラインを牽制しつつ、レースの展開を見極めている。

 競輪では位置取りの駆け引きにも勝てなくてはならない。単なる脚の速さが全てではない。それが競輪の魅力であり、難しさともいえる。


「成行君、⑤番は中部コンビに4、5番手は渡さなかったわね」

「中部勢は御坂相手に競っても勝てないよ」

 すると、成行と見事の後ろで雷鳴が叫ぶ。

「行け、タカちゃんマン!!早く!!中部勢が来るぞ!!」


 雷鳴が叫んだ瞬間、打鐘だしょうを迎える。すると、他の特観席の客たちも大声で叫ぶ。

 特観席の外でも鐘の音を打ち消すような雄叫びが響いている。

『ほら、行け!!高垣、高垣!!』

『信長、仕掛けろ!!』

『御坂、中部勢を弾け!!』

『お兄ちゃん、がんばれ!!頼む!!』

『高垣、行け!!高垣、行け!!』


 打鐘だしょうを合図に⑨高垣は一気に先行を開始。2センターを南関東ライン3人が先頭で駆け抜ける。


 このタイミングで⑦⑧の中部コンビも外並走をして南関東ラインを追いかける。

 が、それを見越していたのか、⑨高垣の後ろを守る②早見、④東松も透かさず中部コンビの捲りを牽制する。


 最終ホームを通過し、いよいよ残り1周。最終1センターに差し掛かる。

 ⑨高垣の決死の先行。そして、②早見と④東松の牽制で、中部コンビは脚を使い果たした。

 それを待っていたように⑤御坂率いる関東ラインが中部コンビを外側から一気に抜き去る。


 1センターを通過して最終バックに入るタイミング。ここを狙って関東ラインが仕掛けてくる。

 それを察知した②早見は、⑨高垣を追い抜き、自らが先頭に躍り出る。脚を使った高垣を庇いながら、関東ラインを牽制するのは無理だと判断したのだろう。


 それを観た客たちも最後の力を振り絞り大声で叫ぶ。

『行け、はやみん!!頼むから死ぬ気で走れ!!』

『八雲、八雲!!⑤を張れ(ブロックすること)!!』

『御坂、御坂、御坂!!ほら、行け!!南関、飲み込め!!』

『お兄ちゃん、お兄ちゃん!!後ろ見るな!!はよ、行け!!』


 今度は自らが全力で駆ける②早見。そして、その番手後ろで⑤御坂をブロックする④東松。

 ⑤御坂は④東松にブロックされて南関東ラインを超えられない。

 最終2センターに差し掛かる瞬間だった。南関東、関東の両ラインが叩きあう中、単騎①番の広重が後方から一気に捲くって来た。


 2センターへ入った瞬間、並走する④東松と⑤御坂の外側を一気に捲くってきた①広重。脚を温存していた彼は瞬く間に④東松と⑤御坂を抜き去って、②早見をも捲りきった。


 それを見た客から、歓声と怒号が暴風雨のように吹き荒れる。

「わあああああっ!!そんな!!お兄ちゃんはおしまいじゃないかぁあああっ!!」

 雷鳴の大声に驚き、後ろを振り返った成行と見事。

 ②早見から狙っていた他の客も悲鳴のような大声で叫ぶ。


 2センターを先頭で駆け抜けた①広重。それを追走する②早見たが、この差は縮まらなかった。

 圧倒的な差でゴール一番乗りの①広重。そして、2着でゴール線通過の②早見。

 そして、焦点は3着。競り合った④東松、⑤御坂。加えて関東ライン2番手・③舘崎がゴール線で横並びになった。


「はああああっ・・・」

 風船から空気が抜けるようにひれ伏す雷鳴だが、すぐに起き上がり自分が購入した車券を確認し始める。


「凄かったね、成行君・・・」

「うん。見応えあり過ぎのレースだった・・・」

 成行と見事もレースに圧倒されていた。周りの客たちも同じようにレース後の余韻に浸る。


 場内テレビではリプレイ映像に切り替わる。残り半周からの映像だ。

 最終2センターで④東松と⑤御坂が激しく体をぶつけ合い、競り合う外側を、①広重が瞬く間に抜き去って行く。その様はリプレイで見ても鮮やかで、痛快であった。


 そして、客たちは目を凝らしてゴールシーンに注目する。この場面はリプレイ映像がスローモーションになる。1着と2着はすぐにわかるのだが、3着は③舘崎、④東松、⑤御坂の3名が並ぶようにゴール線へ到達している。


『焦点3着ですが、③番、④番、⑤番の3名が横並びの展開。どうでしょうか?審判からの決定放送をお待ち下さい。決定放送があるまで、車券はお捨てにならないでください。以上、第10レースでした』

 実況がそう言うと場内テレビ画面が切り替わる。

 1着ゴールの①広重が敢闘門へ引き返す姿が映った。自転車を降りて、バンクに向い、一礼。敢闘門の中へと消えて行った。


 すると、チャイムが鳴り、審判放送が流れる。

『お知らせします。只今のレースの3着は写真判定を行いますので、2着までの決定をします。決定!1着、①番。2着、②番』


 審判放送の後、2着までの払戻金が放送で流れる。

『第10レースの払戻金をお知らせします。枠番2連勝複式①②、240円。枠番2連勝単式①②、330円。車番2連勝複式①②、290円。車番2連勝単式①②、780円。3連勝式、ワイドは決定までお待ち下さい』


 払戻金の放送を聞いた成行は雷鳴に問いかける。

「雷鳴さん。これ、当たりですよね?」

「ああ、当たりだ」

 雷鳴は2車単式の車券を見せてくれた。彼女は2車単式の車券を一口5000円買っている。払戻金は780円✕50票で3万9000円だ。

 当たりはしたが、高配当とは言えない。というか、2車単の購入はトータルで6万円。それを考えればマイナスだ。そのせいか、当たりでも嬉しそうな様子ではない雷鳴。


「私も一応当たりよ」

 幸も成行に車券を見せてくれた。こちらは2車単を一口2500円で購入している。払戻金は1万9500円。2車単の合計購入金額が3万円なので、マイナス1万500円。

 だが、雷鳴とは対照的に嬉しそうな表情をしている幸。雷鳴との差は大きく、まだ余裕があるのだろう。


「頼む!3着は東松か、御坂で!」

 場内テレビに向い、手を合わせる雷鳴。

「このどちらかなら、3連単も当たりなんだよ」

「ママ、凄く必死ね・・・」

 少し呆れ気味に言う見事。


 すると、場内にチャイムが鳴り響く。

『大変お待たせしました。3着の決定を行います。3着、⑤番』

「キタアアアアアアッ!!!当たりや!!」

 嬉しさのあまり、なぜか関西弁で叫ぶ雷鳴。

「助かった、マジで!」

 雷鳴は笑顔を弾けさせるのだった。












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