第10話 第10レース・S級準決勝④

『お待たせしました。3連勝式、ワイドの払い戻しをお知らせします。車番3連勝複式①②⑤、810円。車番3連勝単式①②⑤、3540円。ワイド①②、240円。②⑤、130円。①⑤、190円。以上でございます』

 払戻金の放送が終わり、払戻しに意気揚々と席を立つ雷鳴。


「それじゃあ、行ってくる!」

 目に見えて嬉しそうなご様子の雷鳴。

「「行ってらっしゃい」」

 雷鳴は当たり車券を見せてから払戻し機の列へ向かう。一安心した様子で彼女を見送った成行と見事。


『只今より第11レースのメンバーを紹介します。①番・廣石ひろいし選手をはじめ、出走表の通り出走いたします』

 審判放送が流れると、敢闘門から最終11レースの選手が競走路バンクに登場する。

 場内に選手紹介曲が流れ、最後の準決勝を走る9名が脚見せを始める。選手たちは事前のコメント通りのラインを組んで、脚見せをする。

 そんなとき、特観席の外にいる客の声が中継に入り込んだ。

『ユッキー!』

『ユッキー、頑張れ!』

『ユッキー、今日も頼んだぞ!』

『ユッキー、ユッキー!』


 それを聞いた成行と見事が顔を見合わせた。

「あっ!そういうことか─」

 何かを思い出したかのように、成行は南競へ目を通した。


「確かに11レースにも『ユッキー』がいる」

 成行は最終レースの出走表を指差す。

「成程。確かに『ユッキー』がいるわね」

 見事も出走表に目を通し、その事情を理解した。


 最終11レース。このレースには、⑧番車で地元・静岡の選手、海野うんの由吉ゆきちが登場する。彼は一つ目の準決勝第9レースを突破した海野大吉選手の弟で、あだ名が奇しくも成行と同じ『ユッキー』だった。


 そこへホクホクした表情で戻ってきた雷鳴。彼女の表情をみた成行が言う。

「良かったですね、3着が御坂で」

「おうよ!お陰で大きくプラスだ!」

 雷鳴が購入した3連単の車券。①②−①②−④⑤を一口5000円、合計2万円分を購入していた。これが的中で、払戻しは17万7000円である。


「見事、ユッキー。これでソフトクリームでも食べてこい」と言い出す雷鳴。彼女は気前良く5000円札を一枚差し出した。これなら、また腹の調子が悪くなるくらいソフトクリームが食べられるだろう。


「ずっと特観席からレースを観ているだけだとね。成行君、外へ行きましょう。凛や双子姉妹も来るだろうし、三人と合流しましょう」

 5000円札を受け取り、成行に話しかける見事。

「そうしましょう。ケータリングカーも来ているだろうし、何か軽食でも」

 スマホと一緒に特観席の入場チケットをポケットへしまう成行。


「ユッキー!私の勝った金なんだから、ありがたく使えよ!」と、ドヤ顔で言う雷鳴。

「それは勿論、勿論。ありがたく頂戴します」

 少しオーバーなリアクションで頭を下げる成行。が、内心は金銭感覚がおかしくなりそうだとも感じた。

 家族、親戚を含めて、ここまで気前良く当たり前に金を出す大人には出会ったことがなかった成行。

 雷鳴や見事に出会い、二人が金持ちだというのは感じ取っていた。だが、どうやら異次元の金持ちなのかもしれない。それを何となくだが、改めて認識した。



 ※※※※



 特観席を離れる成行と見事。時刻は16時を過ぎている。本日5日目は最終11レースを残すのみだが、それでも静岡競輪場内は多くの人でごった返していた。

「改めて場内を見ると、凄い混み方ね」

 特観席外の景色を見渡して見事は呟く。

「見事さん、三人からの連絡は?この混み方だと、すぐに合流できないかも?」

 成行は見事に尋ねる。競輪場内は朝の新宿駅や品川駅のように混雑していた。この中で凛や棗姉妹と合流するのは楽ではない。

「待って。一旦、確認するわね」

 成行は見事と共に特観席出入口の脇へ移動。凛や棗姉妹の動向を確認する。


「成行君、凛たちはもう場内にいるみたいだわ。ケータリングカーの側にいるってメッセージが来ている」

「となると、かなり近いのかな?」

 成行は現在地から東方向を見る。


 成行と見事のいる場所は、特観席のあるメインスタンド。そこから東方向には、東スタンドがあり、ここにはイベントステージが併設されている。

 イベントステージではこの日本選手権競輪ダービー開催中に競輪予想会、お笑い芸人や演歌歌手のイベントショーが行われていた。


 この東スタンド兼イベントステージ前は、開けた場所になっている。ここに複数のケータリングカーが並び、さらに臨時でテーブルとイスが用意されている。ダービーに来た客たちは競輪のみならず、ケータリングカーの料理にも舌鼓する。


「場所もわかったし、行きましょう。成行君」

 見事は先んじて歩き出す。成行も彼女に続いて、東スタンド前へ向かう。

 この東スタンド付近も多くの競輪ファンで賑わっている。本来、ここは広い場所らしいが、多数の客がいるため少し狭く感じるのは仕方ない。それは成行も、見事も感じていた。

「どこにいるのかしら?凄いお客さんね」

「でも、この混み方がダービーって感じでしょう?」


 二人は話しながら、人混み内で凛や棗姉妹の姿を探す。

「おーい!お兄ちゃん!」

 客がごった返す中、成行は覚えのある声を聞いた。

 そちらに目を向けると、元気良く手を振り回す少女がいた。棗姉妹の妹・沙織だ。

 沙織の側には姉の資織と稲盾凛もいた。三人は成行と見事の姿を確認したのか、みな手を振ってくる。


 それに応えるように手を振った成行。三人が成行と見事のもとへ来た。

「お兄ちゃん、会えて良かったわ!」と、成行に抱きつこうとした沙織。

 しかし、アメリカ大統領を警護するシークレットサービスのように見事は行く手を阻んだ。

「はい、お客様。狭いので間隔をお開けください」

 沙織への警戒心を隠す気が無い見事。


「何やねん!せっかくお兄ちゃんとの感動の再会やのに!」

「なに言っているのよ!たかだか、何時間ぶりの再会でしょう?大袈裟ね」

 見事と沙織がバチバチと火花を飛ばす傍らで、成行は凛や資織と話す。

「東照宮はどうだった?」

「立派な神社だったわ。九州だと、そもそも東照宮ってものに縁がないし、お参りできて良かったわ」

 成行の問に答えた凛。彼女は至って元気そうな様子で、階段を登って参拝した疲れを感じさせない。


「階段が大変やったわ・・・」と、お疲れな様子の資織。

「お兄ちゃんはロープウェイ側から行ったの?」

「そうだよ。タクシーで日本平まで送ってもらって。帰りはロープウェイの時間に間に合わなくて、階段を降りたけどね」

「ウチらも、帰りはロープウェイにすれば良かったわ」

 ぐったりする資織。流石に久能山の石段登りは堪えたようだ。


「あーん!お腹空いたわ!お兄ちゃん、何か食べさせて!」

 見事を避けて成行に話しかける沙織。

「待ちなさい!ママからお小遣いを貰ったから、何か食べさせてあげるわよ。だから、成行君に飛びつかないの!」

 甘える沙織を取り押さえる見事。

「二人とも落ち着いて」と、見事と沙織を宥める成行。


「まあ、そういうことらしいし、ここは見事に何か買ってもらいましょう?ほら、岩濱君から離れる」

 凛にも諭されて、ようやく落ち着いた沙織。雷鳴から貰ったお小遣い5000円で何か食べ物を買うことになった。










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