第7話 第10レース・S級準決勝①

 第10レースの選手紹介が終わり、雷鳴は専門予想紙『南競なんけい』とを続けていた。

 前のレースでは落車のアクシデントもあり、予想勝負で福岡の魔女・稲盾いだてさちに大きな差をつけられている。

 方や、雷鳴の横で静かに『南競』へ目を通す幸。前のレースで穴目予想が当たり、雷鳴には30万円以上の差をつけてリードしている。その余裕が所作にも現れていた。



「成行君─」

 見事は成行に声をかける。

「どうしたの?見事さん」

 話しかけられた成行は、予想紙南競から見事へ視線を向ける。


「凛からメッセージが来たわ。最後の準決勝11レース前に競輪場へ着く予定って」

「あっ、忘れてた。あの三人のこと」

「私もよ」

 そう言って微笑んだ見事。それにつられて成行も微笑む。三人には申し訳ないが、本当に忘れていた。それだけ日本選手権競輪ダービー準決勝第9レースに熱中していたという証拠でもあるが。


「ユッキー、見事。笑ってないで、私を助けろ─」

 雷鳴は専門予想紙を見つめたまま話しかけてきた。頭を悩ませながら予想紙を見つめるさまは、先程以上に受験生のようにも見えた。


「わかりました。今度こそ、お役に立ちましょう!」

 成行は自らの頬を叩き、気合を入れる。


 先程のレースはアクシデントもあり、ダービー5日目では最高配当を叩き出していた。

 特観席の客たちも当てることができた者は殆どいなかった様子。第9レース後、払戻しへ足を運ぶ人は疎らだった。まあ、大当たりした魔女も真後ろにいるが。


「あら、岩濱君?今のレースを当てたのは、私くらいって思った?」

 幸が成行に尋ねてくる。

 相変わらず、魔法使いとはこうも勘がするどいのか?まあ、そうでもない魔法使いもいるかもだけど。


「あっ、ユッキーめ!私はハズしてるって思っただろう?」

 雷鳴が恨めしそうに言う。

「いや。まあ、それに関してはハズレではないです・・・」

 その勘の鋭さを予想バトルに活かせばいいのに。心の中で呟く成行。


「あっ、成行君。今、『その勘を予想バトルで使えばいいのに』って思ったでしょう?」

 今度は透かさず見事がそう言ってくる。

「くうううっ!!この予想バトルに勝っても何も奢ってやらないからな!」

 拗ねたように南競で顔を隠した雷鳴。


「そんな子どもみたいなことはしないでくださいよ?ちゃんと僕も予想で尽力しますから」

 雷鳴の機嫌をなおしてもらうためにも、競輪脳をフル回転させるしかないようだ。成行は改めて第10レースの選手を確認する。


 第10レースでは以下の9名が出走する。


 ①広重ひろしげ智弥ともや:京都府 S級S班 競走得点119点(逃) 28歳


 ②早見はやみ吉宣よしのぶ:神奈川県  S級S班 競走得点117点 27歳


 ③舘崎たてざき輝哉てるや:東京都 S級1班 競走得点112点(両) 34歳


 ④東松とうまつ八雲やくも:千葉県 S級S班 競走得点116点(逃) 31歳


 ⑤御坂みさかけい:群馬県 S級S班 競走得点117点(両) 33歳


 ⑥吉谷よしたに尚幸なおゆき:埼玉県 S級1班 競走得点112点(追) 37歳


 ⑦豊田とよた信長のぶなが:愛知県 S級1班 競走得点114点(逃) 30歳


 ⑧杉内すぎうち圭樹けいじゅ:岐阜県 S級1班 競走得点111点(逃) 32歳


 ⑨高垣たかがき悦司えつじ:神奈川県 S級1班 競走得点112点(逃) 24歳


 そして、このレースの並びは、以下のようになっていた。


 ←⑤③⑥(関東) ⑦⑧(中部) ①(単騎) ⑨②④(南関東)


「うーん・・・」

 威勢の良いことを言った成行だが、南競の紙面で10レースの選手を眺めて思わず唸る。


「ここは難しいな・・・」

 そう呟いた成行はオッズ画面で人気を確認する。

 恐らく、成行たち以外の客や競輪ファンたちも迷っているのだろう。先の9レース以上に人気が割れている。


 この第10レースでは、人気の中心が①広重、②早見、④東松、⑤御坂の4人。この4人の組み合わせで、2車単と3連単の人気上位を占めおり、特に人気は南関の②早見と④東松の折返しである。


「成行君、この10レースは『地獄の組』じゃない?」

 見事が南競を見ながら言う。彼女も難しそうな顔をしていた。

「確かに。さっきのレース以上に激戦だね。3個ある準決勝では、ここが一番激戦じゃないかな?」

 人気上位の4人が昨年のタイトルホルダーばかりなので、余計にそう感じる。


 ①広重は昨年、特別競輪G1二冠。全日本選抜競輪と日本選手権競輪を優勝。そして、昨年の競輪GPを制覇しているGPレーサーだ。広重は今大会のディフェンディング・チャンピオンであり、今年は栄光の①番車である。

 競輪GPを制覇した選手は、翌年のレースで①番車に固定となる。①番車ならスタート後の位置取りがしやすいし、他のS班の選手とは異なるグランプリ・ユニホームを一年間着て戦う。それは栄光の証であり、同時にGPチャンピオンとしての責務を負う。


「誰が勝ってもおかしくないから、余計に難しいわね・・・」と、見事。普段、学校での授業でもこんな表情をみせない。それだけ予想が難しい。


 ②早見は昨年最後のG1・競輪祭で優勝。今年はまだG1、G2での優勝は無いが、2月の全日本選抜競輪と3月のウィナーズカップで優出。それぞれ決勝2着(全日本選抜)、3着(ウィナーズカップ)と好調だ。

 ④東松は昨年のオールスター競輪を優勝。昨年、一昨年おととしとオールスター競輪を二連覇している。

 ⑤御坂は昨年、地元・前橋競輪場で開催された寛仁親王牌を優勝。その親王牌の直前に開催のG2共同通信社杯でも優勝。一昨年おととしの日本選手権競輪の覇者でもある。


「誰が勝ってもおかしくないかぁ・・・。余計に予想しづらい」

 溜息混じりに頭をかく雷鳴。


 競輪において、『誰が勝ってもおかしくない』は予想がとても難しい。だが、それは車券予想する客の思考次第ともいえる。


 例えば、人気と実力に従って、その選手のみを買うという考え方もある。これが一番シンプルで、迷いなく車券購入ができる。

 この第10レースでいえば、①広重、②早見、④東松、⑤御坂の4人をBOXで買うという手法。

 しかし、ここは日本選手権競輪の準決勝。そんなに簡単に決まるという保証はない。先程の9レースが良い例といえるたろう(※落車や失格まで加味して予想するのは酷な話だが)。

 この4人の選手の内、2人以上が別の選手になる可能性もある。仮に三連単で勝負をして、①、②、④、⑤番のうち、誰か2人が確定板を外せばBOX車券はハズレになる。


 ここで人気上位の4人を信じて、①、②、④、⑤のBOX車券で勝負するか否か。客は車券師としての度量を試される。


「成行君の予想はどう?」

 見事が成行に問う。

「そうだなあ─」

 成行は一呼吸おいて予想を述べる。

「人気の4人の中では、南関なんかんになるのかな?」

 少し迷いを含んだ答えをする成行。


「成行君、迷っているわね?」

 見事は彼の迷いを見透かすように微笑んだ。

「う~ん。迷うけど、高垣がいる分、南関が有利とみるよ。だから、2車単は②④の折返し・・・。いや、やっぱり①広重と⑤御坂も加えないとかな?結局、この4人で決まるかな・・・?」

 頭を悩ます成行。簡単そうで、簡単な話ではない。

「そう考えるしかないのかしら?さっきみたいな落車は避けたいと考えているはずだし、⑨高垣が逃げて、②早見と④東松で決まるのが軸かしら?」

 ここで成行と見事の意見は、ほぼ一致しているようだ。南関東ライン先頭を任された⑨高垣が先行して、後ろの先輩を引っ張るという展開。


 ⑨高垣は本拠地ホームバンクが平塚で、現在・南関東地区を代表する先行選手の一人。番手は同じ神奈川県の②早見(ホームバンクは川崎)。さらに、同じく南関東地区を代表する千葉県(ホームは松戸)の④東松が続く。

 同地区のタイトルホルダーが2人引っ張る責務がある。高垣は先行しないわけにはいかないだろう。


「そうなると、⑤御坂は南関の後ろを取るかな?」

 成行は南競の出走表を見ながら呟いた。

「そこは欲しいはずね。最終ホームのタイミングで。それに御坂は位置取りが上手いから、そうするはず」

 見事が頷きながら話す。

「そうなると、①広重は捲りかな?単騎でラインが無いし、このメンバー相手に単騎で逃げるのは簡単じゃない。いや、かなり厳しい」

 ①広重の直前成績や決まり手を見ながら成行は答える。


 ①広重は先行型の選手。基本、風を切って走る先行が彼の持ち味だが、この準決勝では単騎。ラインを組む選手がおらず、一人で戦わなくてはいけない。

 いくら実力と実績のある広重といえど、同じく実力と実績のある選手たちが相手のダービー準決勝。単騎逃げをするのは、かなり賭けになる。

 単騎で逃げ切るのはトップクラスの選手でも難しいことであり、逆に競輪において『ライン』の重要さがよくわかるというものだ。


「やっぱり、ここは人気通り①②④⑤のBOXにするしかないかな?9レースみたいなアクシデント込みの予想をするのはキツイし。2車単も、3連単も、これしかないのかな?」

 頭を悩ませた末の成行の答え。人気上位の4人のうち、3人が決勝へ勝ち進む。


「ちなみに中部の2人は?」と、見事。

 このレースでは、⑦豊田とよたと⑧杉内すぎうちの中部コンビのラインもいる。

「この2人は・・・。厳しいかな?」

 唸りながら頭を抱える成行。


 ⑦豊田は一昨年、高松宮記念杯競輪でG1を優勝。実力、実績を兼ね備えた中部地区を代表する選手。

「豊田は実績あるけど、どうかな?先行型だけど、それを考えると、やっぱり⑨高垣の方が『先行』では上手うわてだし。位置取りでは⑤御坂が断然、上手いから。豊田も、杉内も強いのはわかるけど、この10レースでは相手が悪いよ」

「そうよね・・・。準決勝ここまで勝ち上がるから、弱くないけど、番組が悪いわね・・・」

 見事も静かに頷く。


「雷鳴さん─」

 成行は後ろの席を振り返る。

「ここはもう①②④⑤のBOXしかないと思います。さっきみないな保証は無いですけど、誰か転ぶことを予想するのはナンセンスですし、もう人気上位の4人で良いかと」

 成行は雷鳴に自身の予想を伝えた。


「う~ん」と、唸って雷鳴も答える。

「そうだよな・・・。ここは願うしかないか」

 雷鳴はそう言ってマークシートに向かう。


 成行はオッズ画面に目を向ける。締切7分前の時点で、やはり人気は①②④⑤で2車単、3連単の上位を占めている。それは当初から変わっていなかった。








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