第8話 最終日 S級・決勝戦①「決勝を占う」

 決勝戦の一つ前のレース、『S級・順位決定戦』が終了。競走路バンクでは決勝戦の選手紹介も終わり、特観席の客たちが各々の席へと戻る。

 同じく特観席にいた雷鳴、アリサ、幸の三人も専門予想紙と睨み合いをしながら投票締切までの30分を過ごす。

 静岡競輪場に到着したと見事や凛から連絡があった。しかし、彼女たちはまだ特観席へ到着していない。


『ここでサイクル・セブンの途中経過です。残りチャンス数は4口です─』

 場内テレビでは中継番組が流れているが、それを聞き流す雷鳴と幸。二人は無言で専門予想紙に集中している。

「あーっ!私の6億円が─」と、二人の前の席で頭を抱えているアリサ。こちらは競輪場へ到着後、特観席にて静岡おでんやアルコールをお伴に日本選手権競輪・最終日を満喫している。


「アリサ。サイクル・セブンなんて、そんな簡単に当たるわけないだろ」

 専門予想紙に視線を向けながら無慈悲な投げかけをする雷鳴。すると、アリサは背後の席を振り返る。

「何よママ!今のレースが荒れていなければ、私にもチャンスがあったのに!」

 悔しそうにスマホを見つめるアリサ。彼女が言っているのは、『サイクル・セブン』といわれる競輪の重勝式車券。

 これは賭式の対象となる開催の後半7個レースの1着の選手(車番)を全て当てるというもの。一口200円で購入可能。的中がなければキャリーオーバーとなり、最大で15億円もの払戻が期待できる。ただし、車番は客が選べるのではなく、自動的に抽選となる。そのため、宝くじのような要素が強かった。

「宝くじみたいだから、楽しいのよね。私も買うことがあるのよ?」

 手を止めてアリサへ微笑みかける幸。彼女の方がアリサに対して慈悲深く、まるで母親のような優しい態度だ。

「そうですよね!?夢があるんですから─」

 目をウルウルさせて幸に言うアリサ。


「ハズレたなら、もう終了だろ?さっさと決勝の予想をせい」と、相変わらず塩対応な雷鳴。

「ふん!娘を大切にしないと予想バトルに負けちゃうわよ?私、幸さんに味方しちゃうんだから!」

 アリサは拗ねたように紙コップに入ったビールを口へ運ぶ。

「もう!ビールまで私に冷たいのね!ぬる

 ビールを飲んで嘆くアリサ。それを見た雷鳴は、やれやれと云わんばかりに頭を横に振った。


 酔ったアリサから視線を最終・第11レースの出走表へと戻す雷鳴。昨晩から考えてきた予想を整理しつつ、最後の予想対決へ挑む。今大会、日本選手権競輪ダービーの決勝戦を走るのは以下の9名である。


 ①広重ひろしげ智弥ともや:京都府 S級S班 競走得点119点 (逃)28歳


 ②早見はやみ吉宣よしのぶ:神奈川県 S級S班 競走得点117点(逃)27歳


 ③佐倉さくら京介けいすけ:群馬県 S級S班 競走得点116点(逃)29歳


 ④海野うんの由吉ゆきち:静岡県 S級1班 競走得点114(逃)25歳


 ⑤大野おおの義厚よしあつ:岡山県 S級1班 競走得点115点(両)28歳


 ⑥青澤あおさわ達大たつひろ:東京都 S級1班 競走得点112点(追)39歳


 ⑦古達こだて光弘みつひろ:大阪府 S級S班 競走得点118点(両)28歳


 ⑧海野うんの大吉だいきち:静岡県 S級1班 競走得点111点(逃)27歳


 ⑨御坂みさかけい:群馬県 S級S班 競走得点117点(両)33歳


 そして、決勝戦の並びは以下のようになる。

 ←③⑨⑥ ⑤ ①⑦ ②④⑧


 関東ラインが群馬コンビ、プラス東京の⑥青澤の三人で③⑨⑥の並び。

 岡山の⑤大野は単騎で挑むレース。人気上位の①広重、⑦古達の近畿ライン。

 そして、決勝戦は②早見が先頭で、地元・静岡の海野兄弟が続き②④⑧の三人となる南関東ライン。


 昨日の準決勝終了時点で、関東と近畿の並びは何となく予想がついた。それは雷鳴や、全国のファンにも想像できたことだろう。

 しかし、地元・南関東がどう並ぶかが焦点だった。

 決勝へ勝ち進んだのが地元・静岡の選手二人と、神奈川の選手。しかも、地元勢は兄弟で、この海野兄弟と神奈川の早見がどこへ、どう並ぶのかで展開が大きく変わる。


 結果として、神奈川の②早見が静岡勢の前を託されることになった。専門予想紙には決勝戦を走る選手のコメントも記載されている。これはそのコメントからの抜粋。

 ②早見:『決勝は地元勢の前で。海野兄弟には前で、後ろで散々世話になっている。決勝では先頭を走る以上、ラインから優勝者を出せるように』


 ④海野(由):『話して明日は早見さんの番手で。番手戦は今までに殆ど経験がないが、それでも臆せず勝負したい。優勝目指してがんばる』


 ⑥海野(大):『明日は南関の3番手で。自力型として、前でも、3番手でもしっかり戦えるようにしたい。優勝狙える位置だと思うし、がんばる』


 このコメントから全国の競輪ファンは②早見の優勝は無いと読む。これが競輪の難しさであり、特殊な点ともいえることだ。

 例えば、競馬、競艇、オートレースでは、個々の選手が勝利や優勝を目指して敢闘する。

 しかし、競輪ではがある。ラインを組んでレースをすることには、『ラインで勝つ』、『ラインから勝たせる』という性質を持っている。

 これは競輪選手や競輪ファンからすると半ば当たり前だが、そうではない人々からすれば難解、不可解なことに感じるだろう。

 単騎でレースする場合を除けば、基本的にラインが形成される競輪。ラインとは『チームワーク』である。自分だけが勝つという発想ではラインを生かせず、むしろ勝利は遠退くだろう。

 ラインを組んで戦うときには、個々の選手の脚質戦法、経験、実績も考慮した上で並ぶ。そして、並んだ選手の中から勝たせる、優勝者を出すという発想がある。


 決勝における南関ラインの『並び』と『コメント』から予想できるのは、②早見が後ろの海野兄弟を勝たせるという戦法。

 ②早見はラインの先頭で全力で走るだろうし、④海野(由)が番手捲りをして、⑧海野(大)まで優勝のチャンスをということだろう。

 ファンは並びやコメントから、そこまでの展開を推理する。と同時に決勝戦を走る他の選手も、その展開を推理している。


 最新オッズを確認する雷鳴。2車単では①広重−⑦古達の組み合わせが一番人気で、『1.2倍』。二番人気が⑦−①の組み合わせで、『1.3倍』。その次が①広重−⑨御坂の組み合わせで、『1.5倍』である。

 2車単の人気は近畿ライン①⑦に、⑨御坂を絡めた組み合わせが人気上位。更にここへ⑤大野と④海野(由)を加えた組み合わせが人気である。

 3連単の人気も、2車単と似た組み合わせが人気上位で、①⑦⑨の三人からのBOXが圧倒的だった。




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