第9話 最終日 S級・決勝戦②「雷鳴の読み」

 雷鳴は最新オッズと、各選手の勝ち上がりを考慮しながら予想する。

 決勝まで勝ち上がった選手をみれば、やはり近畿ラインの二人の仕上がりが頭一つ抜けている。

 他の選手も実力、調子ともに悪くない。しかし、近畿の①広重、⑦古達の二人は、更にそれを上回るものを感じさせる。専門予想紙、各スポーツ紙も、◎(本命)を①広重、○(対抗)を⑦古達にしている。

 そうなると、結果としてバチバチに堅い人気上位で決まる可能性が高いか・・・?


 レース展開はどうだろうか?②早見が南関東ラインの先頭を志願した以上、後ろに付く④海野(由)、⑧海野(大)に優勝させたいということだろう。ならば、②早見の先行が濃厚だ。

 これがもしも、④海野(由)−②早見−⑧海野(大)並びならば、②早見も優勝候補にしなくてはならなかった。

 しかし、今日の並びは②早見−④海野(由)−⑧海野(大)。なので、②早見は車券対象から除外でよいだろう。


 一方、③佐倉−⑨御坂−⑥青澤で並ぶ関東ラインの三人。こちらはライン2番手の⑨御坂から人気になっている。

 一昨年のダービーチャンピオンで、今大会も存在感を見せつけている御坂。近畿ライン対抗格は⑨御坂から。

 気になるのは、関東ラインを率いる③佐倉の動き。彼の動きも決勝戦のキーとなる。

 脚質的に先行型選手の佐倉だが、『逃げ』よりも『捲り』の決まり手が多い。決勝戦で逃げるつもりか?将又はたまた、捲るつもりか?それで結末が大きく異なるだろう。

 雷鳴は関東ラインの選手コメントも参考に展開予想する。関東ラインの選手コメントは以下の通り。


 ③佐倉:『準決勝ここまでしっかり動けている。準決では古達君や釘谷君相手のレースで楽ではなかったが、1着だったのは自信になる。決勝は御坂さんの前で自力。御坂さんと優勝争いをできるようなレースにしたい』

 ⑨御坂:『ダービーに向けて調整してきました。調子は悪くないと思います。ただ相手も強いので、気が抜けないのは事実。決勝は同県の京介けいすけの後ろで。お互いにチャンスがあるようにと話したので任せますよ』

 ⑥青澤:『特別競輪の決勝は2年前の競輪祭以来です。準決勝は完全に結果として突破できた感が強いかな?ダービーの決勝は初めてです。決勝は関東の3番手で。京介や(御坂)けいとは何度も連携しているが、G1の決勝では初めて。二人に任せてしっかり3番手を固める』


 関東ラインは『捲る』とみて良いだろうか?仮に②早見率いる南関東ラインとの先行争いをすれば、互いに叩き合いになるか、それを避けて中段の位置を取りに行く必要になる。

 ②早見と③佐倉の意地の先行争いになれば、瞬く間に近畿ラインや単騎⑤大野の捲り頃になってしまう。そうなれば、両ラインは共倒れだ。

 そんな結末は避けたいだろうし、そうなることを③佐倉、⑨御坂も想定しているはずだ。


 そして、人気の近畿ラインの二人と、単騎⑤大野のコメント。コメントは次のようである。


 ①広重:『調子は悪くないと思います。準決勝は単騎での難しさがあったが、無事決勝に来れました。決勝は僕が前(古達の)で。連覇目指してがんばります』

 ⑦古達:『連日れんじつ動けてます。調整した感覚も悪くないです。(決勝は)勿論、広重君の後ろで。昨年(ダービー)は広重君とワン・ツーだったので、今年は交わせるようにがんばりたい』


 ⑤大野:『ウィナーズカップ優勝からの良い感覚は続いています。(調子は?)好調ですね。来生きすぎさんの失格は残念でしたが─。決勝は単騎で自在に。相手は手強いですが、チャンスはあると思うので優勝目指して』


 決勝戦の選手コメントへ再度、目を通した雷鳴。彼女は静かにマークシート投票券を手にすると、自らの推理を塗り潰し始めた。



 ※※※※※



「あっ!いたわ!」

 見事は雷鳴と幸の姿を確認する。彼女は二人に向かって手を振る。

「んっ?やっと来たか?」

 雷鳴も見事たちの到着に気づき、振り返る。

「遅かったな、道草してたのか?」と、尋ねる雷鳴。

「ええ。こちらを─」と、成行は甘い香りのする茶袋を見せた。

「ユッキー、それは何だ?」

」と、成行はニコッと微笑む。


 成行と見事たちは競輪場へ入場後、すぐに特観席へ向かうつもりだった。しかし、ケータリングカーでたい焼きを買おうという話になり、雷鳴や幸の分も含めて購入していた。これが成行たちがすぐに到着しなかった理由だ。


「たい焼きか?決勝前に、確かに縁起物だ」

 茶袋からたい焼きを取り出す雷鳴。焼きたてだったのか、たい焼きはまだ温かい。

「遠慮なく頂くぞい」

 雷鳴は頭からたい焼きに齧りつく。


「んっ!」と、笑みが零れた雷鳴。口の中に温かい粒あんが広がり、優しい甘さが丁度良い。こし餡を使っており、口当たりも滑らかだ。

 それにたい焼きの皮の焼き加減が抜群に良かった。口にした瞬間、パリッとした音がした表面の皮。それでいて、生地の中はもちもちの柔らかさ。食感が心地よい。雷鳴は瞬く間にたい焼きを平らげてしまった。


 たい焼きは幸にも渡されて、成行、見事、凛、棗姉妹にも一つずつ行き渡る。

「えっ?私の分は?」と、自分の分が無いことに気づくアリサ。

「あっ!ごめん、お姉ちゃん。普通に忘れてたわ」

 アリサのことを忘れていた見事は正直に謝る。

「ちょっと、ヒドいわ!なんて仕打ちなの!私が何をしたって言うのよ!」

 特観席のテーブルに伏せて泣くアリサ。酔っているせいで面倒な反応を示す。


「ゴメン、お姉ちゃん。私のたい焼きを半分あげるから─」

 たい焼きを二つに分けて、アリサに差し出す見事。すると、アリサは酔った顔を上げて見事に言う。

「見事ちゃんの優しさは半分しか無いのね!」

 それを聞いて、直ぐさま言い返す見事。

「半分あれば十分でしょう?頭痛薬だって優しさは半分だけなんだから─」

 酔った姉に対して、過剰な優しさを示さない見事。

「まっ、文句があるなら無しでいいよね?」

 たい焼きを差し戻す見事。

「待って!なんでそんな意地悪するの!?私、文句を言ったつもりはないわよ!欲しい!たい焼き、欲しい!」

 幼子おさなごのような反応をしつつ、ぬるくなっているビールを飲み干すアリサ。


「なんや。エライ世話の焼けるお姉ちゃんやで─」

 アリサの反応を見て呆れた顔をする沙織。

「こんな大人になったら

 沙織とほぼ同じ反応する雷鳴だった。





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