第10話 最終日 S級・決勝戦③「雷鳴の予想は?」

 決勝戦の投票締切時刻を迎えた。時刻は16時27分。レース開始の3分前。

 特観席から眼下のホーム・ストレッチ側を見下ろすと、人・人・人。隙間無く競輪ファンで埋まり、身動きもとれない状況になっている。

「特観席で大正解だな。これじゃあホーム・ストレッチ側には近づけないよ」

 静岡競輪場内を見た成行が言う。このような場合、金を払って利用する特観席の有り難味がわかるというものだ。

「今日の入場者数は2万人を越えたみたいね。でも、これを見ると、もっといそうな気もするけど」

 見事も特観席からの眼下を目にしながら話す。どうやら入場者数は、タイムライン上から得た情報らしい。


 一方、最後の車券購入を終えた雷鳴と幸は、自分たちの席に戻っていた。

「さて、では最後の車券対決だ。お互いに車券のお披露目としよう」

 雷鳴は隣に座る幸へ言う。互いに顔を見合わせる雷鳴と幸だが、それぞれ自信有り気な表情をしていた。


 昨日までの車券対決は、雷鳴が手持ち残金・17万7900円。幸が手持ち残金・30万9300円。雷鳴に対して、幸が手持ち金を増やして大幅にリードしている。

 今日の決勝戦では、10万円を元手に車券対決となる。この決勝戦での手持ち残金と、昨日の手持ち残金をトータルして多い方が勝利となる。


「では、私から─」

 雷鳴から自身が購入した車券を一枚一枚テーブルに並べる。そして、自らの見立てと共に解説する。

「まずは2車単の車券から。⑥⑧のBOX。⑤⑨のBOX。⑥⑨のBOX。⑤⑥のBOX。これらをそれぞれ500円ずつ。つまり、一つの組み合わせで1000円ずつ、トータルで4000円。さらに⑤⑦のBOXを1000円ずつ。合計で2000円分を購入した」

「かなり穴目な買い方ね」と、幸は指摘する。

「オッズを見たが人気の近畿コンビでは、人気過ぎてな。それでは当たってもトリガミだし、ならば荒れることを期待して穴目を狙った」

 雷鳴の言う通り、2車単では①広重、⑦古達の近畿ラインに人気が集中し過ぎて配当が安くなっている。それではを期待できないとみて、雷鳴は①広重を外したような買い目にしていた。


「だとしても、⑥⑧の組み合わせは大博打じゃない?」

 ⑥⑧のBOX車券を指さして苦笑する幸。無理もない話だ。⑥青澤も、⑧海野(大)も強い選手だが、今回は日本選手権競輪の決勝。S級シリーズの決勝ではない。この二人の1、2着を狙うのは厳しいものがある。

 幸の指摘に対して雷鳴はこう答える。

「これはな、だ」

「オカルト車券?」

 流石にそんな回答は想像していなかったのだろう。幸は困惑した表情をみせる。

「今朝、テレビで観た占いでな、今日のラッキーフードは『桃』。ラッキーナンバーは『6』となっていたんだ」

 雷鳴が朝の情報番組で観た占い。ラッキーフードの『桃』は、ピンク色。ピンク色といえば、競輪では⑧番車。そして、ラッキーナンバーの『6』は、そのまま⑥番車である。

 そんな理由で購入する車券は、もはや予想ですらないが、雷鳴は子どものように得意気に話す。


 雷鳴の話を聞いた幸は呆れた様子で笑う。

「テレビの占いなんて所詮、じゃない─」

 大きな声で言えないが、魔法使いたちはテレビ、雑誌などの占いを『口から出まかせ』と馬鹿にしていた。

 これは一般的な人間と、雷鳴や幸、そして見事、凛、棗姉妹などの魔法使いとの間で、『占い』に対する認識の違いがあるから。

 魔法使いが言うところとは、『いつ』、『どこで』、『誰が』、『何を』、『どうするのか?』が明確に提示される。これだと占いではなくである。

 が、未来予知ゆえ、魔法使いからみれば、ラッキーフードやら、ラッキーナンバー等というものには。なので、人間の占いは全く相手にされないし、しない。

 魔法使いから言えば、人間の占いとは、なのだ。


「そんなに笑うなって。お次は3連単の車券だ─」

 雷鳴は引き続き、自分の購入した車券をみせる。一旦、2車単の車券をスマホカバーに挟むと、次に3連単の車券をテーブルへ広げる。

「3連単は少し現実的な買い方にした。まずはこれ。①⑦−①⑦⑤⑥⑨−⑤⑥⑨の組み合わせ。一口4500円で、トータルで8万1000円」

「こっちは一転、真剣に考えた車券ね」

 先程とは異なり、頷きながら雷鳴の買い目を確認した幸。雷鳴が最初に見せた3連単の車券は、人気の近畿ラインを軸として、他の実力ある選手を2、3着に絡めた車券になっている。


「それと、これもな─」

 雷鳴はもう一枚の車券を指し示す。

「あらま、こちらは大博打ね」

 その車券は、またもや幸を苦笑させる。

「⑤⑥⑦⑧⑨のBOX車券。各通り200円ずつ。トータルで1万2000円だ。こっちはオカルト車券じゃなくて、割と本気で勝負している穴目車券だ。近畿ラインが飛べば、この五人の組み合わせになる気がするんだよな~」

 穴目と言いつつも、少し期待しているのか、ワクワクしているような表情をみせた雷鳴。こちらの車券も本命とされている①広重を弾いた車券になっている。


「ちなみに、④海野・弟くんは車券に絡めていないのね?」

 幸の指摘通り、④海野(由)が雷鳴の買い目には無かった。

「海野・弟の優勝は無い!」と、キッパリ言い切った雷鳴。

「あら、そんなにハッキリ?」

「ああ、そうとも─」

 雷鳴は専門予想紙の出走表を見せながら解説する。


「早見が南関の先頭を志願したのは海野兄弟への恩返し。特に④海野・弟へな」

「昨年の競輪祭の?」

「そう!早見は去年の競輪祭・決勝で海野由吉の先行から優勝を果たした。今回はその恩返しの意味も込めて、海野兄弟の前を志願したんだろう」

 例年最後の特別競輪といえば、小倉競輪場で開催される競輪祭だ。そして、昨年の競輪祭・覇者は早見吉宣だった。彼は競輪祭・決勝において海野由吉の番手から優勝をしている。今回の日本選手権競輪の決勝では、二人の位置が前後しているのだ。


「これで南関ラインがしたいことは客にも想像がつくし、決勝を走る他の選手にも想像できるだろう」

「となると、どうなると読んでいるの?」

 雷鳴の予想に真剣に耳を傾ける幸。

「④海野は狙われるぞ」と、出走表の海野由吉の名をなぞる雷鳴。

「確かに由吉君は横の動きがまだ甘い部分があるわね」

 幸も出走表の海野由吉の名を指差す。彼女は雷鳴が言わんとすることを理解したようだ。


 先行選手としては注目の若手・海野由吉。だが、タテ脚があっても、まだが弱い。この横の動きとは、他の選手と競り合いになった際や、他の選手が捲くって来た際にブロックすることを指す。

 横の動きが強いのは、これはこれで競輪においての強みである。位置がラインの先頭であれ、先行選手の番手であれ、横の動きが強ければ、競り合いでも、他のラインの捲りでも、これをブロックしたり、捌くことができる。

 今回の日本選手権競輪の決勝では、これに該当する選手が複数いる。⑤大野、⑥青澤、⑦古達、⑨御坂である。⑥青澤は追込選手だが、残りの三人はいずれも自力自在型。位置がラインの先頭でも、番手でも強い選手だ。


「由吉君は競られるとみるの?」

 幸は雷鳴に尋ねる。

「その可能性は高い。ラインの先頭ではいつものことだが、番手戦はあまり経験が無いはずの海野・弟。⑤大野が由吉の位置を狙うとみた。大野は位置取りが上手いし、横の技術もある。しかも、今回は単騎での決勝だ。競らなければ、南関ラインの4番手を狙ってくるだろう」

 雷鳴は出走表に刻まれる『大野義厚』の名を人差し指でトントンと叩く。

「だから、車券では④海野由吉君ではなく、⑤大野君を狙い目にしているのね?」

「そう!近畿ラインに人気集中は仕方無しとしても、穴目で狙うなら⑤大野!これが決勝の車券だ!」

 雷鳴は自信有りげな表情で答えた。


「では、幸の車券も確認しよう。あまり時間は無いが」

「構わないわ。手っ取り早く説明するわね」

 テーブルから雷鳴の購入した車券が撤収して、続いて幸の購入車券がお目見えする。

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