第11話 最終日 S級・決勝戦④「号砲一発」

「それじゃあ、私の買い目を披露ね」

 幸はそう言って購入した車券を丁寧にテーブルへ並べる。


「まずは2車単の車券から。⑤⑨のBOXを2500円ずつ、トータルで5000円。④−①⑤⑦⑨を各通り2000円ずつ、トータルで8000円。それと2車複で④=①⑤⑦⑨を各通り2000円ずつ。トータルで8000円よ」

「ほう、海野・弟絡みの車券が中心だな。近畿ラインは外したのか?」

 幸の車券をみた雷鳴が尋ねる。

「私も迷ったけど、近畿ラインは外したわ。人気過ぎて、配当が安すぎるから。それに何となくだけど、そんな簡単に人気通りとなる気がしないのよね?だから、由吉君の優勝にかけてみるわ」

 ニコッと微笑んだ幸。④海野(由)の優勝にかけると言いつつも、抑えで2車複を購入している点、そして、⑤大野と⑨御坂のBOX車券を購入しているのはしたたかだ。


「そして、3連単はこれ─」

 幸は2車単、2車複絡みの車券を一旦しまうと、次に3連単の車券を雷鳴に見せる。

「買い目は①⑦−①⑦④⑤⑨−④⑤⑨。各通り3000円で、トータル5万4000円よ」

「こちらは一転、近畿ライン絡みの車券になっているな」

「ええ、結末の可能性は複数あるから。だから、賭式で買い方を変えてみたのよ。南関ラインの目論見通りになるか、近畿ラインが力で粉砕するか?あら、もう始まるわね─」

「んっ?」

 幸は視線を特観席の外へ向ける。雷鳴も外の景色に視線を向けた。

 2センター付近には大型映像装置がある。真っ暗の画面から映像は敢闘門へ切り替わる。敢闘門の柵が開き、そこには一人の選手が自転車レーサーと共に勝負の瞬間を待ち構えていた。


『日本選手権競輪、S級決勝!!選手入場!!』

 男性MCの威勢の良い声が競輪場内に響く。その瞬間、場内から拍手と歓声が沸き起こる。

 敢闘門にいたのは①番車・広重ひろしげ智弥ともや。GPレーサーのみが着ることを許される①番車のチャンピオン・ジャージ。他のS級S班の選手とは異なり、チャンピオン・ジャージに刻まれたデザインが黄金色こがねいろに輝く。

 そして、普段の開催では使用されないロックな入場曲と共に決勝戦メンバーの名が呼ばれ始める。入場曲と共に観客のボルテージも上がる。


『①番・京都、広重ひろしげ智弥ともや!』

 男性MCの選手紹介で一礼。自転車レーサーまたがり競走路バンクへと繰り出す広重。①番車から順に決勝戦メンバーが敢闘門に現れてバンクへと向かう。

「頑張れ、智弥!」

「智弥!智弥!智弥!」

「智弥君、頑張れ!」

「頼む、智弥!全財産、お前に賭けたぞ!!」

 流石は昨年のダービー王であり、GPチャンピオンである広重。外にいる客の歓声や声援は大きすぎて、もはや喚いているようにしか聞こえない。それは特観席内も同じで、選手には聞こえないはずだが、燃えたぎる感情を客たちは声でぶちまけている。


『②番・神奈川、早見はやみ吉宣よしのぶ!』

 南関東ラインを引っ張る②早見。彼がラインの先頭になった以上、求められるのはラインから優勝者を出すことのみ。それに期待する客たちの絶叫が響く。

「はやみん!お前、マジでクソ頼む!!死ぬ気で先行しろ!!」

「はやみん!しっかり恩返ししろ!!誰のおかげで競輪祭を獲れたと思ってるんだ!!」

「早見君、格好いい!!」

「てめえ、死ぬ気で走れよ!!わかってんのか!!」


『③番・群馬、佐倉さくら京介けいすけ!』

 S級S班であり、決勝戦は③番車の佐倉。レーサーパンツも、上着のジャージもあか一色いっしょくに染まる。それはまるで燃える闘志を表現しているようだった。

けいちゃん!頑張って!!」

「頑張れ、京介!今年はお前がダービー王だ!!」

「佐倉!頑張れよ!広重に負けんな!」

けいちゃん!けいちゃん!けいちゃん!けいちゃん!」


『④番・静岡、海野うんの由吉ゆきち!』

 南関東ラインの2番手で、地元・静岡代表の海野由吉。地元・日本選手権競輪ダービー制覇への期待は大きい。先ほどの①広重智弥以上の絶叫が響き渡る。

「ユッキー!ユッキー!ユッキー!」

「おら、ユッキー!!!お前に勝った金、全部賭けたぞ!命よりも大事な金だぞ!!!優勝するしかないぞ!!!」

「ユッキー!格好いい!!頑張って!!」

「ユッキー!」

「ユッキー!」

「ユッキー!」

「ユッキー!」

「ユッキー!」


 外でも、特観席でも客たちは、『ユッキー』の大合唱。それには苦笑するしかない成行。

「人違いなはずなのに何か緊張するなあ・・・」

 すると、成行の隣に座る見事も困惑したような笑みをみせる。

「これじゃあ、成行君も頑張るしかないわね」

「何を頑張ればいいのさ?」

 互いに顔を合わせてクスクスと笑う二人。たわいない会話をする間にも選手紹介は続く。


『⑤番・岡山、大野おおの義厚よしあつ!』

 綺麗にお辞儀をして、レーサーに跨がる⑤大野。3月のGⅡ・ウィナーズカップ優勝以降、好調をキープしている彼は、決勝戦で穴候補と目される。

「ヨッシー!頑張れよ!ダービー、獲れるぞ!!」

「ヨッシー!負けんな!」

「頑張れ!ヨッシー!」

「ヨッシー!岡山にGIタイトルを運んでくれ!!」


『⑥番・東京、青澤あおさわ達大たつひろ!』

 今年の競輪GP開催地・立川競輪場が本拠地ホームバンクの青澤。ここで優勝すれば、悲願の地元GPへの出場をゲットできる。

「青澤さん!頑張って!」

たっちゃん!チャンスだよ!GI優勝!!」

「青澤、優勝させてもらえよ!!」


『⑦番・大阪、古達こだて光弘みつひろ!』

 ①広重と共に人気を集めた古達光弘。彼がバンクへ登場すると、①広重と同様に歓声が再び大きくなる。

「ミッチー!頑張れ!」

「ミッチー!浪速の競輪王の力を見せたれ!」

「ミッチー!タイガース!」

「光弘君、頼んだぞ!マジで!!!」


『⑧番・静岡、海野うんの大吉だいきち!』

 ④番車・海野由吉の兄、海野大吉。兄弟で競輪選手。尚且つ、こうして地元GIの決勝戦を走れる喜びと、客からの期待は非常に大きい。それは歓声、声援の大きさが物語っている。

「大吉、頼むわ!お前が優勝したら、俺も大吉だ!!!」

「大吉、頼む!優勝!カネ返せよ!」

「だ・い・き・ち!」

だいちゃん!大チャンス!だいちゃん!大チャンス!」


『⑨番・群馬、御坂みさかけい!』

 2年前のダービー王であり、最高ランクS級S班の御坂みさかけい。同じ群馬県のS級S班・佐倉さくら京介けいすけと共に『ダブル・K』と呼ばれ、近畿ラインの①広重、⑦古達の対抗格。この決勝戦メンバーでは最も背が高く(身長185センチ)、格闘家のようなした体格は王者の風格にふさわしい。

「御坂さん!頑張って!」

「御坂、頑張れ!グンマーの底力そこじからを見せろ!」

「頑張れ、御坂!東の横綱!」

「ダブル・Kの力を見せろ!近畿勢に負けんな!」


『以上9名によりまして、いよいよ決勝戦です!!』

 男性MCの紹介が終わる頃には、9名全員が発走機へと到着していた。彼らは一旦レーサーから降りると、それを自分の車番の発走機へセットする。

 大型映像装置の画面は発走機前の選手たちを映す。そして、聞き取れない位の歓声が中継画面から響き渡る。


「緊張するな・・・!」

 そう口にしたのは雷鳴だった。自分の目の前に再度並べた勝負車券。それを愛おしそうになぞりながら運命の発走の瞬間を待つ。


「礼!」

 選手たちが審判の号令で一礼した。柵一枚を隔てて、無数の観客が彼らを見ている。

 選手たちは再び自転車レーサーへと跨がると、発走直前のルーティーンへと入る。各々、精神集中をしたり、深呼吸をしたりして号砲の瞬間へと向かう。

 このタイミングで、実況中継ではアナウンサーが再度選手紹介をしている。その最中にレース開始を告げるファンファーレが鳴り響く。


『只今より発走いたします!』

 ファンファーレが鳴り終え、女性の声でアナウンスされる。

 そして、審判のホイッスルが鳴り響いた。「構えて!」と、審判の号令が微かに中継へ混じる。各選手はハンドルを握りしめ、前を見据える。


「よーい!」


『ダアンっ!』


 号砲が鳴り、選手が発走機を離れた。


 物言わぬ選手たちに対して、観客の歓声、声援、怒号が荒れ狂う。いよいよ日本選手権競輪の決勝戦が始まった。







 


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