第12話 最終日 S級・決勝戦⑤「始まった決戦」

 号砲一発で9名の選手が発走機を離れる。その瞬間、一際大きくなる客の歓声と怒号。客たちは推しの選手の名前を絶叫する。


 一足先に選手たちの前を行く先頭誘導員。その誘導員を目指して②早見と③佐倉の2名が踏み上げる。残りの7名も②早見と③佐倉を追いかけるようにスタートする。


 先頭誘導員の後ろを並走する②早見と③佐倉。結果的に③佐倉が先頭誘導員の後ろを確保。②早見は位置を下げる。これにより各選手たちが位置を整え始める。

 ③佐倉を目指すように⑨御坂と⑥青澤が位置を上げてくる。③⑨⑥と並び、関東ラインが完成する。

 一方、②早見は関東ラインの後ろを狙う形になる。③⑨⑥で並んだ関東ラインの後ろ、隊列の4番手位置に②早見がおさまる。そして、南関ライン2番手の④海野(由)、そして3番手の⑧海野(大)が位置を整える。海野兄弟が合流し、②④⑧の南関ラインが完成した。


 単騎⑤大野は初手の位置、この南関ラインの後ろ選択。単騎での決勝戦。ラインの強みは無いが、自在に動ける強みはある。⑤大野のレース中の嗅覚は優れている。南関ラインが先行とみて、この位置取りをしたのだろう。


 そして、最後方に人気近畿ラインが位置取る。①広重‐⑦古達で並び、8番手、9番手の位置だ。こうして各ラインの位置取りは完成。


 ←(誘導員) ③⑨⑥ ②④⑧ ⑤ ①⑦


 この状態はしばし続く。レースが動くのは、どんなに早くても青板残り3周まで。それまでは静かな展開が続く。

「誘導員の後ろは関東ラインが取ったね」

「早見さんは先行するわよね?」

 成行と見事は周回中の選手たちを眺めながら話す。選手たちがホームストレッチ付近を通過する度、外の客の喚き声が大きくなる。それは特観席内でも同じで、周囲の客も声を張り上げて応援する。

「ユッキーは、『ユッキー』が優勝できると思う?」と、見事は成行に尋ねる。

 ハッと驚いて彼女の顔をみた成行。見事の口から『ユッキー』と呼ばれるのが意外というか、新鮮な感覚だった。

「見事さんに『ユッキー』って呼ばれると不思議な感じ」

 クスッと笑った成行。すると、見事は頬を膨らませてこう言う。

「別にいいじゃない。成行君も『ユッキー』なんだし・・・」

「確かに。でも、僕は『成行君』って呼んでほしいです」

 成行は笑顔で答えた。すると、見事は照れたことを誤魔化すように言う。

「それはいいから、成行君は誰が優勝だと思うの?」

 成行は一瞬考えるような素振りをして答える。

「③佐倉か、⑤大野。このどちらかです」

「その二人なの?」

 見事にとって意外な名前だったのか、彼女は少し驚いたような表情をした。これに対して成行は自分自身の見解を話す。

「⑤大野は昨年10月の寛仁親王牌親王牌から日本選手権競輪ここまで全てGI、GⅡの決勝まで勝ち進んでいる。それは今年3月のウィナーズカップ・完全優勝を含めて。たまたま調子が良いわけではなく、確実に勝てる力が付いている証拠。GIを制覇できるレベルまできていますよ。しかも、決勝は単騎。援護は無いが、自身の優勝だけを考えればいいレースです。南関東の4番手に付いたのも、②早見が先行という確信があるから。早見が逃げれば4番手から十分チャンス有り」

 成行は熱く解説すると、見事は彼にこう投げかける。

「③佐倉選手の優勝の場合は?それに人気の近畿ラインはどうなの?」

「近畿コンビは危険です。近畿コンビは関東勢からも、南関東勢からも警戒されている。無論、大野からも。潰し合いになれば、それこそ近畿コンビでワン・ツーになるだろうし、そんな展開は避けたいはず。③佐倉は逃げない。そこは⑨御坂や⑥青澤としっかり話しているはず。コメントを読めばそんな気がします。赤板残り2周くらいで②早見を逃がして、関東勢が最終的に中段を確保しに行く。ラスト、近畿勢の捲りのタイミングに合わせて捲れば、近畿コンビを潰せるし、南関ラインを捲りきる。③佐倉が捲り、⑨御坂、⑥青澤が仕事をすれば、近畿コンビと⑤大野も潰せる」

 「確かに成行君の説もあり得るわね・・・」

 成行の解説を聞いた見事は黙り込んで真剣な表情で考える。

 すると、成行は見事を手招きする。彼女はキョトンとしながら成行に顔を近づける。

「後ろの二人は御坂⑨番はあっても、佐倉③番を狙っていない」

 成行は背後の席へ座る雷鳴と幸には聞こえないように小声で話す。

「佐倉が御坂のために駆けると読んでの予想だと思うけど、僕は逆。御坂が佐倉にダービーを獲らせるために前を選択させた。佐倉が優勝する前回り。仮に佐倉が優勝で、御坂は準優勝ならば、御坂の賞金は4000万円近くある。展開次第で御坂が優勝、佐倉が準優勝でも同じ。GPを目指す上で悪くない結果だと思うんです―」


「ユッキー、その予想は聞いていないぞ」

 不意に雷鳴の声がした。聞こえないように話していても、しっかり聞こえていたようだ。成行は背後の席を振り返り弁明する。

「えっ?いや、雷鳴さんは佐倉は御坂を勝たせるレースをするって熱弁するから、忖度しました」

「お前、競輪軍師だろ?そんな忖度するなよ!これで佐倉が優勝したらどうするんだ?負けちゃうじゃないか!」

 少々不機嫌そうに今更そんな説を話すなよという表情をする雷鳴。成行は彼女を宥めるように苦笑しながら話す。

「いや、大丈夫ですって。まだ、結果は出ていませんから。競輪はゴールするまでが勝負なんです」

「当たり前だろ!」


 そんなやり取りの間にもレースは進んでいた。周囲の客の叫び声が激しくなり始める。実況放送から聞こえる歓声からもそれがよくわかる。実況アナウンサーは青板残り3周を告げた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る