第7話 日本平動物園から静岡競輪場へ

 約束の15時を迎えて、成行たちは新居さんの運転するグランエースで動物園を後にした。乗車位置は来るときと同じだ。


 動物園内を一巡し、なお且つ動物たちとの触れ合いも楽しむことができた。皆、グランエースの車内で撮影した写真を観ている。

「見事。今日のベストショットを送ったわ」

 凛は自ら撮影した写真を見事へ送る。

「今日のベストショット?」

 見事には思い当たる節が無いのか、首を傾げた。取り敢えず、スマホを確認する見事。

「なっ!?」

 見事は送られてきた写真を目にして、変な声をあげた。それは彼女が羊に服を噛まれているシーンだった。


「何がベストショットよ!?私を助けなかった癖に!」

「そんなに怒らなくてもいいでしょう?他にもベストショットはあるのよ」

 凛はニコニコしながら別の写真もメッセージ上に載せる。

 そこには見事が子羊に餌をやるシーン。そして、成行と見事が楽しげに話すシーンもあった。


 すると、成行との写真を観て静かになる見事。いち早く、彼女の変化に気づいた凛は透かさず言う。

「あれ?何か気になることでもあった?」

 凛にそう言われ、顔を赤くした見事。

「べっ、別に!?何もないわよ!」

「へぇ〜」と言ったきり、それ以上は何も言わなかった凛。

「なっ、何よ!?本当に何もないわよ!」

 見事はそう言いつつ、成行との写真をしっかり保存した。


「まあ、いいわ。あっ、それと岩濱君にもベストショットを送るわね─」

 凛の言葉に焦る見事。

「ちょっと、何の写真を送るのよ!」

 慌てる見事をよそに、凛はお構いなしに写真を送る。

「あっ!きた!」と、声を上げた成行。

「うわー!これか!」

 スマホを観て、テンションが高い成行。


「何の写真なの?」

 焦った様子の見事が成行に写真を見せるように要求した。

「えっ?これですけど─」

 成行は大人しくスマホ画面を見せる。そこには『人間の檻』から助けを求める成行の姿があった。


『うわ~ん!助けて、見事さん!』

 動画を再生する成行。見事の声や、他の客の笑い声も聞こえる。

「おバカな動画を再生しなくてもいいわよ」

 呆れたような、一安心した様子の見事。

「え〜!楽しい旅の思い出なのに」

 見事とは対照的に動画を楽しげに観ている成行。


「そうだ!僕も送る写真があった!」

 成行は思い出したように言うと、素早くスマホを操作する。

「えっ?」

 何の写真なのか?見事は不安に駆られる。


 すぐに成行から写真が送られてきた。そこにはレッサーパンダを撮る見事の姿が写っていた。

「これは、あのときの・・・」

 そう。動物園で最初に観たレッサーパンダ。そこで成行が撮影した見事の姿。そこには穏やかな笑みで写真を撮る見事が写っている。


「これが僕のベストショット!」

 得意げに言う成行。彼の悪気の無い笑顔には怒るに怒れない見事。

「ありがとう・・・」

 短く答えた見事。彼女は顔を見られるのが恥ずかしかったのか、窓の外へ視線を向ける。グランエースの窓に、頬を赤くして微笑む見事の顔が映る。

 成行にはニヤけたような顔を見られまいとした見事。が、誰かの視線に気づく。助手席前の席すわる凛もグランエースの窓を見ている。

 こちらは見事の表情を目にしてニヤニヤしていた。

「ちょっと、凛!」

「お客様、車内ではお静かにお願いします〜!」

 見事を言う凛だった。



 ※※※※※



 成行たちを乗せたグランエースはおよそ20分で静岡競輪場へ到着した。

 運転手の新居さん曰く、本来ならば、もう少し早く到着するらしいが、ゴールデンウィークと日本選手権競輪のダブルパンチ渋滞で時間がかかたったとのこと。

 グランエースは静岡競輪場・正門前で一時停車。素早く成行たち五人は下車した。

 成行たちを降ろしたグランエースは警官の誘導に従い、正門前から立ち去る。


 正門前から競輪場内が見える。凄まじい混雑ぶりで、昨日の同じ時間帯よりも客は多い。

 正門付近にも多数の客がいる。競輪場内が混雑し過ぎで、それを嫌った客が外へ出ているのだ。その客たちは、スマホを片時も離さずジッと何かを打ち込んでいる。恐らく競輪の民間投票サイトや、予想情報を観ているのだろう。


 競輪場に到着して、時刻は15時半を過ぎ。残すレースは二つ。16時前に発走の『S級・順位決定戦』と、最終レース『S級・決勝戦』だ。


「どうする?特観席へ向かう?それともケータリングカーへ行く?」

 皆に確認する見事。ここにいる五人全員が特観席の入場券を持っている。なので、特観席への入場には問題無い。

「うーん、どうしようかしら?」

 凛はパンフレットを取り出して、最終日の催し物やケータリングカーを確認する。


「ケータリングカーは昨日と同じく複数出店してるみたいね。皆は残りのレース、特観席から観る?それとも、ホームストレッチから観る?」

 凛が他の四人に尋ねた。

「これ、ホームストレッチから観れるんかい?」

 沙織が競輪場内を指さしながら言う。


「これやとホームストレッチにも近づけんとちゃうか?」

 場内を眺めながら言う沙織。静岡競輪場内にはという位に客でひしめき合っている。

「まるでコミケやで。知らんけど─」と、言う沙織。

「確かに難しそうだな・・・」

 成行も沙織の意見に賛同する。場内は客が密集していて、昨日以上に移動が困難に思えた。


「一旦、特観席へ向かいましょう。ここにずっと居ても仕方がないし─」

 見事の案に、他の四人は頷く。これで、取り敢えず特観席へ向かうことが決まった。



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