第18話(最終話) 帰りの新幹線
土産を購入し、東京行きのひかり号へ乗り込んだ成行たち。Uターンラッシュとあって、上りのひかり号は満席状態。そんな状況下でも、車中で客たちは思い思いに時間を過ごす。家族や友人同士で旅の思い出を写真で共有する者。疲れてぐったりと眠る者。ジッとスマホゲームに集中する大人や子供。
幕の内弁当のように客を詰め込んで、ひかり号は終点・東京を目指す。
雷鳴たちが乗り込んだのは、ひかり号のグリーン車。座席は雷鳴とアリサ。成行と見事の二人ずつで並んで座る。
ひかり号から外の景色は時間的に目視はできないが、富士山を観ることを想定してか、予約された座席は通路・左側だった。
見事は窓際の席、成行は通路側の席に座っていた。見事の目の前のテーブルには茶袋が一つ。中身は、『たい焼き』だ。
静岡競輪場より撤収する際、宣言通り勝った金でアリサが奢ってくれた。彼女はキッチンカーで売れ残っていたたい焼きを戦勝祝いとして全て買い取ったのだ。この辺りの言動は母・雷鳴と似ているアリサ。当の本人は雷鳴の隣に座り、スヤスヤと眠っている。
アリサは一人3枚、合計で6枚のたい焼きを成行と見事に買い与えた。それが茶袋に収まっている。勝った金が鰻の蒲焼きにもなれば、たい焼きにもなる。わらしべ長者ですら物々交換。それが競輪では、勝った金でポンと食べ物を与えられる。こんなにも贅沢な蒲焼きも、たい焼きも地球上にはないだろう。そう思いながら、たい焼きをありがたく頂戴した成行。
が、いざ一人で3枚のたい焼きだと多い。そんな話していた成行と見事。車内で1枚ずつ食べて、残りはお持ち帰りすることに。
冷めたたい焼きと、自販機で購入した温かいお茶を口にしつつ、見事は成行に静岡駅でのことを話した。その内容には成行も目を丸くする。
「じゃあ、あわや僕はお婿さんに行く羽目になっていたと?」
成行は周囲を警戒し、小声で話した。
「そうよ。全くママったら・・・。いや、今回の場合は幸さんに文句を言うべきね」
呆れた様子で事の
走り出したひかり号の外に目を向けている見事。線路沿いの街や道行く車のライトがささやかだが美しい。
「雷光さんの件もそうだけど、僕にそんな賞品価値があるのかな?」
成行は自らの顔を指さして尋ねる。すると、見事は少し考えてこう答える。
「やっぱり興味はあるはずよ?特異な事例で魔法使いなったパターンだから、成行君は―」
温かいお茶の入ったペットボトルを口にする見事。ホッと溜息を吐いて、こう一言。歓迎できないお話だけどね・・・と。
すると、成行もお茶を口にしてこう話す。
「確かに歓迎できないけど、もう魔法使いになったからには仕方ない。僕も見事さんの弟子として頑張ります!」
成行はガッツポーズをしてみせる。『任せとけよ』と言わんばかりのどや顔だったが、見事は彼をみて微笑む。
「もう、調子が良いんだから―」
そう言う見事の表情は少し嬉しそうだった。
「
「期待してるからね」
成行と見事は顔を見合わせるとクスクスと笑った。
「そうだ、見事さん。今回撮った写真をシェアしましょう」
見事へ提案する成行。
「いいわよ」と、快諾した見事。
二人はスマホを用意して、静岡滞在中に撮影した旅の思い出をシェアし合う。
そんなとき、成行はそっと前の席へ視線を向けた。
『本当に警戒すべきは、この人か・・・?』
微笑みつつも、東京の魔女・
※※※※※
静岡駅からひかり号に乗った
連休終盤の名古屋駅は静岡駅以上の混雑だった。狭めのホームに帰省客がごった返す。しかし、のぞみ号を待つ時間は僅かだ。それを考えれば、そこまで苦にはならない。
「あーあ、残念。ママの交渉が成功していれば、6億円じゃなくて岩濱君が手に入ったのに」
トレードマークというべきポニーテールの後ろで手を組みながら、凛は話した。
「岩濱君を気に入った?」
どこか嬉しそうな表情で凛に尋ねる幸。
「まあ、嫌いじゃないかな?お調子者だけど、面白いって思った」と、成行の人物評をした凛。
「けど、あの様子なら、見事から引き剥がすのは難しいわね」とも付け加えた。
「岩濱君にまつわる話は、どこまでが本当なのかしら?」
幸は首を傾げながら言った。成行にまつわる話とは、『本の魔法使い』のことを指している。
「その辺はどうだったの?」
空間魔法を発動した上で、棗姉妹に尋ねた幸。普通の人間には関知できない結界が四人の周りだけに張り巡らされる。これで誰かに盗み聞きされる心配はない。
幸は人づてに、棗姉妹が成行を渥美半島へおびき出したことを把握している。しかし、当事者たる棗姉妹から
一方、急に話を振られて少しビクッとした双子魔女。顔を見合わせた二人は渥美半島での話をした。成行と出かけた海岸での出来事を。
渥美半島での一部始終を棗姉妹から聞き、少し考える幸。再度、棗姉妹に尋ねる。
「岩濱君が条件魔法にかかっているというのは確証がある?それとも、何となく?」
すると、またも沙織と資織はヒソヒソと話し、沙織が回答する。
「確証と言われると微妙やけど、でもそんな気がします・・・」
普段の元気な沙織とは異なり、少し自信なさげな様子だった。
棗姉妹にしても、渥美半島で成行のことをしっかり確認できたワケではない。そのため、回答はどうしても曖昧になってしまう。
「まっ、今回はそれでええわ」
不意に四人の背後から声がした。そこには、いつの間にか
雷光の存在に全く気づいていなかった凛と棗姉妹。三人は驚きのあまり思わず足が
雷光は渥美半島の一件で、大垣の魔法使い
だが、当の雷光は姿形を隠すワケでもなく、いかにも連休を楽しんできた旅行客という出で立ち。派手な服装でもなく、少しセレブな旅行客という雰囲気で、違和感無く旅行客、帰省客に混じっていた。
「ワシが
カラカラ笑う雷光。が、笑っているのは雷光だけで、凛は警戒し、棗姉妹はしずかにしている。
「子どもをからかったらダメよ?」と、微笑みながら
「アナタが迎えに来てくれるなんて、想像していなかったわ」
品良く、威厳深く幸は話す。
すると、「世話かけたな、幸」と頭を下げた雷光。
「釈放してもらったの?」
「まあな、濃尾の
雷光はなぜか機嫌が良さそうで、渥美半島での
「しかし、惜しかったのぉ。雷鳴と交渉が上手くいってたら、
すると、その仕草にすぐ気づいた凛。彼女は少し警戒した表情で雷光の顔をみて、目を合わせようとしない。静岡にいなかったはずの雷光が、どうしてその話を知っているのか?ここで警戒しない方がおかしい。
「のう、凛。あの
雷光は嬉々としてそう尋ねるが、『ええ』と曖昧な返事をする凛。そんな彼女の反応をみてか、「まあ、ええわ―」と、話題を変える雷光。
「幸、雷鳴はどないや?あの
雷光は笑顔で話すが、どこか威圧的でもある。
が、幸はそんな彼女に臆すること無く話す。
「ダメね。話さないの。ずっと競輪の話ばかりで、肝心な話をするとはぐらかすの。さすが、あなたの妹さんだわ」
余裕の表情で話す幸。顔も、目も清々しく笑っている。
「ホンマに喰えん奴や」
やれやれと言わんばかりに頭を横に振った雷光。
「あら、それは私のこと?それとも妹さん?」
『怒らないから正直に言いなさい』と言いたげな幸。
しかし、雷光は幸の反応を笑い飛ばし、こう言う。
「無論、
「まあ、江戸幕府なら大変ね」
「そんな他人事みたいに言うなや」
雷光は少し不機嫌そうながらも、真剣に話し始める。
「ええか?雷鳴は勝手に何かやっとる。何かをな。ワシら魔女の『ママ』は、天下を治める魔法使いや。大事なことは話し合う約束。福岡、大阪、東京、札幌。四人の
もどかしそうに話す雷光。
「焦ったら負けよ。でしょう?源平合戦の頃から生きているアナタなら、それはわかっているはず。あの
そんな彼女の反応をみた雷光は思い切り背伸びをする。
「まあ、確かにな―」
雷光はゆっくりと深呼吸して気分を整えた。
「次の手を考えよう。何かあったら頼むで」
ニコッと微笑み、凛の方を向いた雷光。
少しビクッとした様子の凛は、『わかりました』とだけ答えた。娘の反応を目にした幸は、透かさず雷光へこう言う。
「あら?凛を
目だけ笑っていない幸。そして、このときだけは雷光への警戒心を隠さなかった。それは言葉通り、『
「そんな顔すんなって。お前も、凛も信用してるのや。期待しとるで」
雷光は飄々として、幸の警戒心を
すると、幸はそっと凛の
「よく似ているわね。あの
雷光を横目に話す幸。
傾者姉妹。それは十中八九、雷鳴と雷光のことだ。そして、母の言葉にギョッとした凛。今の発言が雷光に聞こえていないか不安になったのだろう。そんな凛を安心させるかのように、幸は優しく語り続ける。
「大丈夫。好き勝手にはさせないわ。それもまた
幸はそっとウィンクする。そこには娘を思う母の顔があった。
「ありがとう、ママ。私は大丈夫よ」
そう答える凛の笑顔には安堵の色。純粋に母の言葉が嬉しく、そして安心できた。
駅構内の自動放送が博多行き・のぞみ号の接近を伝える。それを耳にした周囲の客たちが、地べたに置いたバッグや土産物を手にする。
そんな中、すまし顔でホームを向いている雷光。そして、彼女の背中をみている凛。不意に雷光が振り返った。その視線の先には凛がいる。
「これからも頼むで、お庭番」
そう言って再びホームの方を向いた雷光。何かを企む不敵な笑みに凛は鳥肌が立つ。
敵でも味方でも厄介な人だ・・・。大阪の魔女・
「日本選手権競輪だよ!!魔法使い集合!!」編 ― 完 ―
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