第17話 それぞれの帰路へ

 車券対決の結果発表の後、日本選手権競輪ダービーの表彰式を見物した成行や見事たち。唯一、敗北のショックから立ち直れない雷鳴は、一足先に新居さんのタクシー内へ移動していたが。


 表彰式にはかなりの客が残って見物をしていた。競輪界の歴史に残るような大波乱の結末と、二人同時のダービー王の誕生。これを見ようと思う客は多かった。

 表彰式自体はバンク内で行われ、客たちはホームストレッチ側の柵を挟んだ場所で見物していた。

 表彰式は進み、経産省のお偉方や静岡市長が優勝した青澤達大と海野大吉の両名を称える。優勝した二人に賞金ボードが贈呈された。表彰式MCの合図で、二人は賞金ボードを天高く掲げる。その瞬間を逃さず撮影するスポーツ紙記者。客たちからは、『おめでとう!』という歓声と拍手が沸く。

 しかし、選手、客、主催者、報道陣も、二人同時のダービー王誕生を想像していなかっただろう。

 なお、青澤選手と海野選手は同着優勝のため、賞金は優勝1着と2着の賞金を足して2で割った金額になる。つまり、優勝賞金7,900万円+準優勝賞金3,856万円を割る2で、一人5,878万円となる。



 ※※※※※



 表彰式が終了し、雷鳴たちはタクシーで静岡駅・南口へ移動していた。ここで幸や凛、棗姉妹とはお別れになる。

 タクシーから下車する際、成行や見事たちは今回の旅で世話になった新居さんへ礼を述べた。新居さんはニコニコと愛想の良い笑顔で、『どういたしまして』と何回も頭を下げていた。


 連休の終わりというタイミング。静岡駅・南口は普段以上に混雑しているので一行は素早く駅構内へと移動する。

 静岡駅構内にはゴールデンウィークを終えて帰路に就く人々でごった返す。家族連れ、若者のグループ、海外からの観光客など。みな、静岡を訪れた理由は異なれど、大きなバッグや土産の手提げを持っているのは共通していた。


 棗姉妹は福岡の魔女・稲盾いだてさちによって大阪まで送り届けられる。別れに際して棗姉妹は成行へ挨拶をした。

「お兄ちゃん、今度は岸和田に高松宮記念杯競輪宮記念を観に来てや」

 別れを惜しむように寂しげな表情で言う沙織。

「今度はウチらがおもてなしするわ」

 同じく寂しげな表情で話した資織。双子だけあって悲しげな顔はそっくりだった。そんな二人に成行は言う。

「お招きありがとう。まだ岸和田競輪には行ったことがないから、楽しみにしておくよ」

 成行は棗姉妹に優しく語りかけた。すると、顔を見合わせる双子魔女。寂しげな表情が和らぎ笑顔になった。


「私も岸和田に行ったことがないから、楽しみにしているわ」

 成行の隣から棗姉妹に話しかけた見事。

「うーん、アンタは別にええかな?」と、一転そっけない態度をする沙織。

「なっ!?私もしなさいよね!」

 成行との対応の差に機嫌を悪くする見事。

「まあ、考えとくわ~」と、見事の様子を気にとめない沙織。


「ほらほら、喧嘩しないの」と、見事と沙織を止める凛。

「双子魔女、ひかり号に乗るから。これ!」

 凛が棗姉妹に新幹線の切符を渡す。

「「はーい!」」

 棗姉妹は素直に切符を受け取り新幹線改札へ向かう。


「それじゃあ、ここで。短い時間だったけど、楽しかったわ。機会があれば、競輪祭にも来てよね」

 凛はニコッと微笑み、成行と見事に語りかける。

「ありがとう。稲盾さんも機会があれば京王閣や立川に来てよ」

「東京に来たら案内するわ。連絡してね」

 成行と見事も凛へ別れの言葉を述べる。

「そうするわ。ありがとう」

 凛は手を振りながら新幹線の改札を通った。一瞬だが、別れ際の彼女の表情が寂しげだった。


「では、気をつけて。あの双子魔女を頼んだぞ」

 肩を叩き合い、幸と熱いハグをする雷鳴。同じ魔女との別れを惜しむ姿は、若干オーバーに見えるようで周囲の視線を集めていた。一方で、その様子から雷鳴が車券対決敗北のショックから回復したことを確認できる。

「ありがとう」と、微笑んだ幸。そして、雷鳴に顔を近づけて囁く。

「今後のことは、またじっくり話し合いましょう」

 そう告げてサッと顔を引いた幸。一瞬だが、雷鳴の表情が曇った。しかし、この変化に成行や見事たちは気づいていない。

「わかった。よろしく頼む」

 雷鳴もニコッと微笑んだが、その笑顔はどこか


 こうして西日本へ引き返す面々が一足先に新幹線改札を通過した。棗姉妹や凛が、成行や見事に手を振る。

「バイバイ!お兄ちゃん!」と、大きな声を出した沙織。

「おう!またな!」と、成行もそれに応えるように手を振った。

 幸を先頭に、凛と棗姉妹は下り線ホームへと消えていった。



 ※※※※※



 東京へ引き返す面々は新幹線の時間まで余裕がある。そこで雷鳴の提案で静岡駅で土産を買うことになった。

 雷鳴に率いられて成行、見事、アリサはお土産売場へ向かう。

 すると、ここもお土産を求める人々で隙間が無いほど混んでいた。観光客はみな静岡県の特産品やスイーツ類を眺めながら、なにを買おうかと思案している。観光客の隙間をすり抜けながら四人は進む。


「静岡土産といえば、これだな!」

 雷鳴はお土産売場へ着くと、を買い物カゴヘ放り投げる。それは鰻の蒲焼の箱だった。大きな浜名湖産の鰻の蒲焼が2尾入り。これをスナック菓子を買う感覚で買い物カゴヘ入れている。


 それには唖然とする成行だが、見事やアリサはさして驚いている様子がない。これが静所家では普通の金銭感覚なのだろうか?成行がそう思っていると、雷鳴が話しかけてくる。

「ユッキーには世話をかけたからな。鰻くらいご馳走するよ」

 気前が良いのは嬉しいが、気前が良すぎる。何箱分の鰻の蒲焼を買うのか?そう思うほど、買い物カゴには蒲焼の箱が入っている。鰻の蒲焼きは一箱6600円。庶民感覚ではお安くない。

「あの、そんなに買ってもらわなくても大丈夫ですから。沢山あっても食べきれないので―」

 成行は少々慌てながら雷鳴を引き留めようとする。

「なぁに、車券対決では負けたが、それでも収支はプラスだったからな。遠慮すんなって」と、遠慮なく豪快に答える雷鳴。羽振りの良い金持ちというよりは傾者かぶきものを思わせる振る舞いだ。


「ママ、そんなに買っても食べきれないじゃない?」

 すると、見事も雷鳴の行動を見かねたのか意見した。

「これを全部食べるわけじゃない。土産としてくばる分もあるんだよ」

 心配するなと言いたげに、笑顔で答えた雷鳴。


「それにしても、ユッキーを連れて行かれなくて良かった!」

 鰻を選びながら聞き捨てならぬことを発した雷鳴。それを聞き逃す見事ではない。

「ママ、今のはどういうことなの!?」

 見事は思わず雷鳴の腕を掴む。

 見事の表情が一転、険しくなった。が、それを目にしても気にする様子のない雷鳴。彼女は見事に答える。

「当初な、幸からは車券対決で勝ったら賞品にユッキーを欲しいと言われたんだ」

「何だと・・・!?」と、血相を変えたのは見事。成行には二人の会話が届いていないのか、彼は暢気のんきにも土産の山葵わさび漬けを眺めている。


「何で成行君が欲しいのよ!?」

 見事の警戒心がMAXに到達する。そこには学年一の美少女の顔は無く、時代劇に登場する腕の立つ牢人者ろうにんもののような鋭い表情をしていた。本当に太刀を持っていたならば、きっと柄に手をかけているタイミングだろう。

「いやな、幸が勝ったらユッキーを凛のお婿さんにしたいと言ってな」

 雷鳴の言葉を聞いて絶句した見事。彼女はプルプルと小刻みに震えている。

「そんな顔をするなって」と、見事の表情を目にしてもとしている雷鳴。


「その提案はちゃんと蹴った。車券対決では勝つ自信しかなかったが、万一負けたら困るかなって思ってな。まあ、その判断は結果的に正解だったが」

『ハハハッ!』と、大河ドラマの戦国武将のように笑った雷鳴。しかし、見事の表情は険しいまま。むしろ、先ほどよりも悪化している。

「ママ、成行君の扱いに関してしっかり話し合いたいわ・・・!」

 ムスッとした表情で雷鳴を睨む見事。だが、当の雷鳴に見事の睨みは効いていないのか、彼女はこう話し続ける。

「おっかない顔をすんなって。ちゃんと断ったって言ったじゃないか?万事解決、解決!」

 雷鳴はそう言ってお土産ショッピングを続けた。


 すると、見事は成行のもとへ向かうと、彼の手を取る。いきなり見事に手を掴まれた成行は驚いてしまった。

「どうしたの?見事さん」

 成行はすぐに彼女を案じた。そうさせるような表情を見事がしていたからだ。

 不安げで、少し怯えたような表情。それでいて何も言わない。その反応を目にすれば、成行も何があったのかと心配する。

「どうしたの?」と、成行は見事の手を握る。キツすぎず、だがしっかりと握りしめて。手と手で会話するつもりで見事の手を握った。


 すると、そんな成行の想いが届いたのか、見事はハッと彼の目を見た。今度は驚いたような、そして安心したような表情で成行をみた。

「何でも無いわ・・・」と、短く答えた見事。

「さすがにそれは無いでしょう?」と、成行は優しく話しかける。

「本当よ。何でもないわ」

 そう言ってそっぽを向いた見事。そんな彼女の反応を目にした成行はこう話しかける。

「じゃあ、何でも話して欲しいな。僕は魔法使いになりたてだから、何でもはできないけど、話を聞くことはできる。これからも、たくさん魔法を教えてください。師匠」

 屈託の笑顔で話した成行。それを目にした見事の表情から僅かに残っていた不安感が消えた。

「わかったわ。じゃあ、ちゃんと私についてきてね」

 今度は少し照れくさそうな顔をした見事。しかし、彼女はしっかりと成行の目を見て話す。

「じゃあ、二人でお土産をみましょう」

「うん!」

 成行と見事は手をつないで土産売場を巡るのだった。

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