第16話 最終日 S級・決勝戦⑨「結果発表」

 窓口で払戻しを終えた雷鳴。彼女のニコニコが止まらない。払戻金合計は277万7560円。100万円の札束二つと、残り77万7560円。金額が大きいので、払戻しには少し時間を要した。

 札束が詰まった雷鳴の財布は、それで人を叩けば怪我をしそうな位に膨らんでいる。同じく払戻しを終えたアリサと合流し、静岡競輪場の東スタンド付近へ向かう。

 東スタンドの裏側にはイベントステージがあり、この目の前が開けた場所になっている。今回、ダービーのため、この付近にはケータリングカーが複数出店していたが、ここへ集合して車券対決の結果発表をしようと決めていた。


「いやあ、良かったね、ママ!大勝利だね!」

 今回の車券対決には関係無いアリサだが、自身も大穴車券を当ててお大尽気分。ウキウキしながら歩く。

「終わりよければ、全て良し!何も言うことは無い!」

 雷鳴とアリサは気分良く特観席を離れた。このタイミングでは、既に他の客は退散しており、競輪場職員が片付けを始めていた。


 集合場所の東スタンド・イベントステージ付近へ来た雷鳴とアリサ。事前の約束通り、幸や凛、それに成行たちも全て集合している。

 他の客は家路に就くタイミングで、ケータリングカーの店員や競輪場職員による清掃や片付けが始まっている。一方、少し離れた競走路バンクの方からは表彰式を行う音楽や声が聞こえる。表彰式を見物する客は皆、ホームストレッチ前に集まっていた。


 勝負は決した。そう考える雷鳴はサクッと結果発表をして早々に帰る気でいた。

 すると、今度は機嫌が良さそうに見える幸。そして、その隣で気まずそうな表情をしている凛。彼女は雷鳴とアリサの姿を見つけると、困ったように視線を逸らした。

『何があった?』と、凛の表情から異変を察知した雷鳴。その側では、事情を察していない成行や見事、棗姉妹も幸、凛の母子二人を不思議そうに見ている。


「さあ、結果発表と参りましょう」と、幸から声をかけてくる。

 何かがおかしい。いよいよ雷鳴は警戒し始める。

「やけに機嫌がいいな。では、二日間の残金の合計発表としよう」

「じゃあ、雷鳴からお願いね」と、微笑んだ幸。

「ああ、いいだろう」

 何を企むのかと警戒しつつ、雷鳴は昨日と本日の残金合計を発表する。


「では、発表する。昨日の手持ち残金は17万7900円。そして、決勝戦での払戻金は277万7560円。これを足せば295万5460円。もはや細かい計算は不要。今回の勝負は私の勝ちだな!」

 フフンっと勝ち誇った様子の雷鳴。しかし、それに全く怖じ気づく様子の無い幸。なぜ、そんなにも余裕があるのか?理由を理解できない。

「一応、幸の結果も聞こうか」と、話を振る雷鳴。


「ええ。では、私の結果発表を―」

 幸はそう言って自らのスマホを取り出す。

 おやっ?と思った雷鳴。なぜ、そんな物を取り出す必要がある?彼女がそう考えている間に幸は結果の述べる。


「昨日の払戻し結果は30万9300円。そして、今日の払戻し結果は6億7846万2480円よ!」

「何!?6億だと!?あり得ない!そんな金額なハズが無い!」

 幸の結果発表に耳を疑った雷鳴。桁違いと言うより、もはや出鱈目に近い金額を幸は述べたのだ。

「なぜ、そうなる!?第一、車券は全て外していただろう!」

 雷鳴の指摘は正しい。レース前の車券披露を思い出す限り、幸には当たり車券すら無かったはず。それが6億円を超える払戻しがあったとは如何なるワケか。


 しかし、途方もない金額に雷鳴はすぐに気づいた。

「まさか・・・!?」

「そう、そのよ?」

 幸はニコッと微笑み、自らのスマホを雷鳴に差し出す。


 雷鳴は幸のスマホを受け取ると、その画面に注目する。画面上部、そこには『払戻し残金』という表示があり、そこに『578,462,480円』と見たこともないような金額が表示されている。この期に及んで魔法を用いたつまらない小細工をする魔女ではない幸。では、これはどんなカラクリなのか?

「サイクル・セブンか?」

「ええ、」と、慎ましく笑顔を浮かべる幸。

 サイクル・セブン。それは競輪の重勝式車券で、ネット上のみでの販売。当たれば文字通り一攫千金、スーパー大逆転の車券である。


「えっ!?サイクル・セブン!?」

 そのキーワードを聞いて顔色が変わるアリサ。彼女は自分のスマホを取り出して、競輪公式HPへアクセスする。

「ママ!これ!?」

 アリサが震えながらスマホを雷鳴へ差し出す。雷鳴は直ぐさまスマホの画面を確認する。

「何!?」

 雷鳴が目にしたのは『サイクル・セブン』のキャリーオーバー金額。最新のキャリーオーバー金額が『0円』になっていた。


 そんなとき、イベントステージに臨時で設置されたテレビから女性MC二人の会話が聞こえてくる。それは競輪専門チャンネルの生中継放送だった。

『それではサイクル・セブンの結果です!あーーーーっ!!!!おめでとうございます!』

『ついに出ました!大当たり!』

『サイクル・セブン、本日の結果は1。払戻金は6億7846万2480円です!』

『鳥肌が立っちゃいました!凄いですね!当たった方、おめでとうございます!』

『何か、今日はミラクルな決勝戦になりましたね!』

『本当に。大波乱の結果で、その上、同着優勝!トドメはサイクル・セブンの大当たり!凄すぎますね』


 女性MCの楽しげな声を遠くに、一気に力が抜けた雷鳴。彼女は力なくその場に崩れ落ちる。方や、雷鳴の大逆転負けを目にした成行や見事、棗姉妹も呆然としている。

「凄いわ、サヨナラホームランを喰らってしまったで・・・」

「うん、競輪の神様は幸さんを勝たせたわ・・・」

 そう言って顔を見合わせる棗姉妹。

「凄いオチ。こち亀で両さんが最後の最後で大損したみたいなオチになってる・・・」

「うん。何というか、幸さんの運がまさったと言えばいいのかしら・・・?」

 成行と見事もこの結末に困惑を隠せない様子。

 あんな大穴車券を当て、凄まじい大勝ちだったハズの雷鳴。しかし、更なる大逆転ホームランを受けて、その勝ちが消し飛んでしまった。


「待て!こんなオチはあんまりだ!第一、今日の勝負は決勝戦が対象だろうに!」

 我に返った雷鳴は異を唱える。しかし、幸は直ぐさま反論する。

「でも、サイクル・セブンも決勝戦の結果が含まれるじゃない?それにサイクル・セブンは禁止なんて約束はしていないし―」

「ぐぬぬぬっ!!!」

 それを言われると反論できない雷鳴。確かに、『サイクル・セブンは禁止』という約束はしていない。それは紛れもない事実だ。

「無念だ・・・」と、力無く言葉を口にした雷鳴。


「えっと、というワケで今回の車券対決は私のママの勝ちです・・・」

 車券対決の勝敗を述べた凛。彼女も自分の母のウルトラ大逆転に引いている様子だった。







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