第15話 最終日 S級・決勝戦⑧『差しの子』

 ウキウキしながら決定放送を待つ雷鳴。方や、その隣では無言の幸。二人の命運は分かれた。


 自らの当たりのみならず、勝利も確信している雷鳴。自分の購入した車券をテーブルに並べ、今更ながら確定オッズをスマホで調べる。

 一方、ただ静かに決定放送を待っているのが幸だ。決勝前、購入車券確認タイムでは、⑥青澤選手絡みの車券を買っていないことは判明している。残念ながらハズレは確定的。それでも悔しがる素振りは無く、至って冷静。

 幸が冷静沈着な性格だと知っている雷鳴だが、やけに静かなのは少し気になる。幸は自らのスマホの画面を見つめつつ、決定放送を待っている。


 静岡競輪場内にチャイムが鳴り響く。決定を待つ客たちのどよめきが一斉に静まった。

『大変お待たせしました!日本選手権競輪、決勝決定!』

 客たちが審判放送の言葉を固唾を呑む。

『1着は同着となります!』

 その放送の瞬間、競輪場内は再び騒ぎ立つ。ただでさえ大波乱の結果にも関わらず、それ以上のミラクルが発生した。特別競輪GIの決勝で同着優勝。こんな奇跡のような結末に、車券を外した客も驚きと感動を隠せない。


 流石の雷鳴も目を丸くする。ほんの一瞬だが考えた同着優勝。

 しかし、いくら何でも、そんな奇跡は起きない。そう考えていた。

 が、そんな奇跡が起きてしまった。これには声が出なかった雷鳴。そして、その隣では同じように驚いた表情をしている幸。彼女の驚いた表情を目にすること自体も珍しい出来事である。幸は両手で口を押さえ、驚きを隠している。


『1着!同着、⑥番・青澤あおさわ達大たつひろ!同着、⑧番・海野うんの大吉だいきち!3着、⑤番・大野おおの義厚よしあつ!』

 大型映像装置や場内テレビの画面に確定内容が映される。次の瞬間、払戻金の画面が映り、客たちのどよめきは最高潮に達する。

『第11レースの払戻金をお知らせします。枠番2連勝複式⑤⑥、1260円。枠番2連勝単式⑤⑥、1430円、同着。⑥⑤1510円、同着。車番2連勝複式⑥⑧、2万4380円。車番2連勝単式⑥⑧、7万9580円、同着。⑧⑥、5万9740円、同着。車番3連勝複式⑤⑥⑧、6万2830円。車番3連勝単式⑥⑧⑤、55万8610円、同着。⑧⑥⑤、48万1870円、同着。ワイド⑤⑥、3960円。⑥⑧、5210円。⑤⑧、1850円。以上でございました』

 払戻金の凄まじさと物珍しさに、大型映像装置の画面をスマホにおさめる客もいた。


 払戻しの放送を聞いた後、「凄すぎる・・・」とだけ呟いた雷鳴。

 雷鳴ですら思考停止になりそうな結果だった。『頭の中が真っ白になる』という表現があるが、まさにその例えに相応しい。すぐに払戻金の計算に移れない。

 雷鳴の場合、2車単は⑥⑧をBOXで500円ずつ購入している。さらに同着のため、なんと両方とも当たりという結果。払戻金は⑥⑧の組み合わせ39万7900円。これプラス、⑧⑥の組み合わせで29万8700円になる。

 さらに3連単では、⑤⑥⑦⑧⑨をBOXで購入していたから大変だ。同着の影響で、雷鳴は2通りの当たりになる。

 つまり、3連単は⑥⑧⑤の組み合わせと、⑧⑥⑤の組み合わせで的中している。これを200円ずつ購入しているので、⑥⑧⑤の組み合わせで111万7220円の払戻し。⑧⑥⑤の組み合わせで96万3740円の払戻しになる。雷鳴の払戻し合計は、277万7560円だ。


「ありがとう!!!青澤さん!!!マジで最高のダービーだわ!!!これで見事ちゃんに好きなだけたい焼きを買ってあげられるわ!!!」

 こちらは狂喜乱舞するアリサ。彼女は地元・立川の⑥青澤を頭にして、2車単で流しにしていた。これを500円ずつ購入。そのため、雷鳴と同じく39万7900円をゲットしたことになる。

「40万近く勝ったのに、たい焼きしか奢ってくれないのか」

 そう呟いたのは成行。

「いいわよ、たい焼き2枚ぐらいは買ってもらえるんじゃない?」と、あっさりした反応の見事。姉の考えはお見通しらしい。

「それよりもGIの決勝で同着優勝という歴史的瞬間に立ち会ったことに感動しないと―」

 競輪ファンの鏡とも言うべきことを口にした見事。

「確かに。同着優勝そっちに感動しないとね」

 頷きながら見事の意見に賛同する成行だった。


 決定放送の後、特観席では人々の移動が始まる。残念だが、当たった客は少ない。その証拠に、払戻し機へ並ぶ人の姿は殆ど無かった。客たちは大波乱の結末に関して、ああでもない、こうでもないと仲間内で話しながらと特観席を後にする。

「まさに『しの子』だな!」

 雷鳴はそんなことを言いながら意気揚々と払戻しへ向かう。

「本当!しの子、サイコー!!!」

 ⑥青澤から2車単を流しで買っていたアリサの姿もあった。酔いが覚めたかと思えば、大穴的中でこちらも浮かれた気分になっている。


 優勝の⑥青澤選手の決まり手は、『し』だった。長年関東地区の追い込み選手として戦ってきた⑥青澤。決勝戦では最後の直線で良く伸びたし、⑤大野や⑧海野(大)の間を鮮やかに抜けてきた。これまでの経験が生きた瞬間であり、苦労が報われたといえる。

 そして、同じく優勝となった⑧海野大吉。兄弟で競輪選手の彼だったが、どちらかといえば、選手としては弟・由吉の方が脚光を浴びることが多かった。弟・由吉は先行型選手として南関東地区を代表する若手。一方、自在型の大吉は実力はあれど、競輪ファンの期待値は弟・由吉への方が大きかった。


 雷鳴は特観席の有人払戻し窓口へ向かう。彼女の的中した金額は大きすぎるので、自動払戻し機では払戻しができないのだ。雷鳴とアリサが払戻しへ向かう間、成行や見事たちは一足先に特観席を離れる。そこには幸や凛親子、それに棗姉妹もいた。他の客に交じりながら6人は特観席を出て行く。

「車券バトルは雷鳴さんの勝ちか。残念だったね」と、歩きながら母へ声をかける凛。しかし、幸は少しも残念そうな様子がない。それにすぐ気づく凛。

「どうしたの?悔しくないの?」

 母の様子に何かを感じ取った凛は尋ねる。

 すると、幸はニコッと微笑むと自らのスマホを凛へ差し出す。

「んっ?何?」

 スマホを受け取り、その画面を見た凛。


「うんっ!?」

 画面の内容を目にした凛は思わず足を止める。そこには凛の想像を超える結末が表示されていた。

「さあ、特観席の外で結果発表と行きましょう」

 幸は自らのスマホを返してもらうと、先に歩いて行く。この後、静岡競輪場内の広場で結果発表を行う予定の雷鳴と幸。決勝戦では当たり無しの幸だったが、彼女には十分な余裕があった。

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