第4話 第9レース・S級準決勝②

『第9レースの投票を締切りました。ご投票、誠にありがとうございました』

 第9レースの投票締切を伝える場内放送が流れた。と同時に、特観席眼下のホームストレッチ側は多数の客で埋めつくされていた。特に選手がスタートする発走機付近には客が集中している。

 競走路バンクへ審判や係員、そして先頭誘導員が現れる。みな、第9レースのため、各々の位置へと向かう。


 他の客に混ざり、雷鳴と幸が自分達の席に戻って来た。二人もまた無人投票機に並び、第9レースの車券を購入していた。


 成行はさっそく戻って来た二人に話しかける。

「二人の予想はどうです?」

 成行が尋ねると、まずは雷鳴が購入した車券を見せる。

「2車単のBOXを①③⑤⑦で。各組み合わせ1000円。合計で12000円。3連単は①③⑤⑦⑨のBOXで。こちらは各組み合わせ500円。合計で30000円だ」

 無難な車券だと思った成行。どれも人気上位の買い目だ。人気通りの結果ならば、高確率で当たるだろう。しかし、そんな上手くいかないのが日本選手権競輪ダービーの準決勝。一見、手堅く思えてもハズレるリスクが無いワケではない。


 それを計算に入れてか、福岡の魔女・稲盾いだてさちの買い目は、雷鳴の車券それとは少し異なっていた。

「私の買い目はこれよ─」

 幸が成行に購入した車券を見せる。

「2車単は①②③⑦のBOX。こちらが各組み合わせ2000円ずつ。合計で24000円。それと少し穴目で③⑦⑧⑨のBOXも。こちらが各組み合わせ1000円。合計で12000円」

「3連単は買ってないのか?」

 幸の買い目を知った雷鳴が透かさず尋ねた。


「賭式は自由って約束でしょう?」と、ニコッと微笑んだ幸。どうやら彼女は彼女なりに自信があるようだ。

「確かに。そういう約束だ」

 雷鳴もケチをつけることなく、二人の大物魔女の購入車券の披露が終わった。


 さり気なく確定オッズに目を向けた成行。幸の買い目の方が当たれば配当が高い。特に穴目車券は組み合わせによっては万車券だ。


『只今より第9レース、実施いたします』

 場内放送が流れた直後、選手入場曲が流れ始めた。それに合わせて敢闘門からひとり、またひとりと9名の選手が自転車レーサーに乗り現れる。


 観客の注目と熱気が選手たちに集中する。

「いよいよ始まるわね、成行君」

 日本選手権競輪・準決勝を目の前に少し緊張気味な様子の見事。

「うん!この緊迫感こそ、ダービーの準決勝って感じ!」

 成行も緊張と興奮が入り混じった声で答える。

 雷鳴と幸は黙って選手入場を見つめている。二人とも真剣な眼差しでスタートの瞬間を待っている。


 一方、特観席の外では多数の客が入場する選手に叱咤激励を飛ばす。

飴谷あめちゃん、しっかり逃げろよ!!わかとるよな!!」

遠増トーマスさん、頑張れ!!」

義厚ヨッシー、頼んだ!!」

「勝男、今年のダービー王!!お前が優勝だからな!!」

「大吉くん、地元だぞ!!決勝、行けよ!!」

「ヨッシー!!ヨッシー!!」

 出走する選手たちのも混じりながら、激が響く。


 発走機に選手が到着すると、各自、発走機に自転車レーサーをセットする。そして、選手たちが客の方を向いて一礼した。この後、自転車へ乗る。

 選手たちが自転車へ乗る段階で、実況アナウンサーが選手紹介を始めた。

 紹介の最中にファンファーレが流れ始めた。静岡競輪場、2センター(3コーナーと4コーナーのあいだ)付近に設置された大型映像装置に各選手の表情が映し出される。この様子は静岡のみならず、全国の競輪場や場外車券発売所サテライト、そしてネット配信で世界中に届けられている。


 ファンファーレが鳴り終えて、審判の声が響く。

「構えて!」

 審判の合図で選手たちがハンドルを握りしめて、発走態勢をとる。


「よーい!」と、言った瞬間、号砲が鳴った。そして、選手たちを乗せた自転車が発走機を飛び出す。

 9名の選手たちの前方を、先頭誘導員が先んじて走る。そして、その先頭誘導員を追いかけるように各選手たちはスタートしていく。


 競輪において先頭誘導員はレースのペースメーカーである。、この先頭誘導員を追い越してはいけないルールだ。

 例えば、静岡など1周400メートルの競輪場では、残り2周のタイミングまで。1周333メートル、所謂『33バンク』では残り2周半のタイミング。そして、1周500メートルの競輪場では、残り1周半のタイミングまで追い越してはいけない。これを破れば失格である。


 レース開始直後、すぐさま先頭誘導員の後ろに⑥海野大吉が来る。スタート直後、『S取り』を⑥海野が決めた。

 ⑥海野の後ろに④伊万里いまり彩星さいせい、⑧青澤あおさわ達大たつひろの順番でラインを組んだ3人が並ぶ。⑥④⑧の東日本混成ラインだ。

 ちなみに、④伊万里と⑥海野は競輪学校時代に同級生だった。さらに、④伊万里は⑧青澤の弟子でもある。このように単純な地区分けを超えた、選手と選手の繋がりでラインを組むこともある。


 この⑥④⑧の後ろに⑦大野義厚と②来生きすぎ宏太こうたが位置を取る。⑦②の岡山ラインである。

 そして、岡山ラインの後ろに⑨寿ことぶき勝男かつおと⑤加治木かじき久人ひさとが並ぶ。⑨⑤の九州ラインの2人だ。

 最後に①飴谷あめたに寿章としあきと③遠増とおます典行ひろゆきの2人が並んだ。このレース、人気上位の①③北日本ラインだ。


 レース開始後、←⑥④⑧ ⑦② ⑨⑤ ①③の順番で並びが確定する。ラインの並びが確定した段階で、しばらくこの順番で選手たちは走り続ける。

 次にレースが動き出すのは、どんなに早くても残り3周に差し掛かった段階だろう。それまでは、客も選手も、その瞬間をジッと待ち続ける。













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