第12話 第11レース・S級準決勝②

 雷鳴は投票締切のチャイムを聞き終えて、自らの席に戻ってきた。車券の購入はギリギリ間に合った。混雑が酷い場合にはネット投票をするところだが、今回は幸との車券勝負。なので、昔ながらの方法で車券購入している。

 今回のような特別競輪となると、車券購入の行列も通常開催時の倍以上。締切に間に合うかとハラハラした。

 雷鳴と同じく他の客も車券購入を終えて自分の席へと戻っていく。


 雷鳴が席へ着くと、幸は既に戻っていた。

「おかえりなさい、雷鳴」と声をかけてきた幸。

 雷鳴は返事の代わりに軽く手を振る。


「さてと。泣いても笑っても、今日のラストカードだな」

 雷鳴は購入した車券をテーブルに置く。それが合図かのように幸も購入した車券をテーブルへ置いた。

「今日の締めのレースだから、景気良く当てるわ」

 余裕がある様子で話す幸。それは彼女の表情、口調から手にとるようにわかる雷鳴。


 雷鳴と幸は互いに購入車券をお披露目する。

「まずは私からな─」と、先に話し始めた雷鳴。彼女は購入車券をテーブルに並べる。


「2車単を②③⑤⑦のBOXで、一口3000円。合計で3万6000円。3連単は⑤③-⑤③②⑦-①②③④⑦で。一口2000円で、合計4万4000円だ」

 雷鳴は人気の選手から手広く買った。人気上位の北日本ラインをどうするか迷ったが、ここは自分の勘を信じて⑤古達こだてを本命、対抗に②③⑦とした。


「では、私の番ね─」

 幸もテーブル上の購入車券を見せながら解説する。

「私は2車単で⑤を頭固定。⑤-②③で、一口5000円。合計で1万円。これとプラスして、2車単で⑤⑦のBOX。一口5000円で、合計1万円」

「3連単は無しか?」

 幸の購入車券に3連単式が無いことに気づく雷鳴。


「無いわ」と、即答した幸。

「勝負しないのか?」と言う雷鳴だが、締切を迎えているので、どうすることもできない。

 それをわかっている幸も特に気にする素振りも無く、飄々としている。

 が、これはこれで勝負している車券だ。

 幸は自分の信じた予想に的を絞り、その分を手厚く購入している。雷鳴のように手広く狙い当てるか、幸のように的を絞りその分を手厚く買うか。その違いがよく現れている。


『お待たせしました。只今より第11レース、実施致します』

 場内アナウンスの後、選手入場曲が流れ始める。

 雷鳴と幸が敢闘門へ目を向けると、最終11レースの選手がバンクへ登場し始めた。その模様が2センターの大型映像装置や場内テレビにも映し出される。そこから外にいる客たちの一際ひときわ大きな声援が聞こえてきた。



 ※※※※※



 成行と見事は棗姉妹、凛と共にホームストレッチ側に移動していた。

 ケータリングカーで成行と見事はご当地ソフトクリームを購入。今度は静岡県産のメロンを贅沢に使用したソフトクリームだ。

 一方、棗姉妹と凛は、これまた静岡のご当地グルメ・蜜柑のジェラートを購入していた。無論、この代金は雷鳴から貰った5000円より捻出されている。


 おやつを購入し、ホームストレッチ前に向かった成行たち。

 だが、ここからが大変だった。これから行われるのは今日の大一番、最後の準決勝。それを目の前で観戦しようと、多くの客がホームストレッチ前や2センター付近のメインスタンドに詰めかけている。

 そのため、隙間のないくらいに密集する観客たち。そんな中での移動は困難を極めた。


「凄く混んでるわね。気をつけないと」

 他の客にぶつからないよう、ゆっくり移動する見事。

「見事さん、足元に気をつけて─」

 見事へ声をかける成行。彼もまた人混みを掻き分けるように進むが、言っているそばから自分自身が転びそうになる。


「わーっ!お兄ちゃん、待ってや!ウチを置いてかんで!」

「沙織ちゃん、ウチも置いていかんで」

 こちらも静岡競輪場の混雑に圧倒されている棗姉妹。沙織も資織も購入した蜜柑のジェラートを落としまいと慎重に移動する。

住吉大社すみよっさんの初詣みたいや」

「せやね。ウチ、目が回りそう─」


 一方、まるで二人の保護者のように最後尾を進む凛。

「ほら、慌て進まない。防災訓練と同じよ」

 棗姉妹や成行と見事から離れないように歩く凛。

「話には聞いていたけど、やっぱり凄いわね。静岡競輪場。競輪祭でも、こんなに人は集まらないわ」

 凛もまた静岡で行われる特別競輪の風景に圧倒されていた。彼女の地元・福岡は、県下に2か所の競輪場を擁する。久留米(久留米市)と小倉(北九州市)の2か所だ。特に小倉競輪場は毎年最後のG1となる競輪祭の開催地として有名だ。


 成行たち五人がホームストレッチ付近にようやく着いた頃、選手入場曲が流れ始める。


 それに併せて周囲の観客から咆哮にも似た声援が飛び出す。

『おーい!ユッキー!お前も決勝に行けよ!群馬の奴らなんか放っておけ!』

『ユッキー!ユッキー!ユッキー!』

『がんばれ、海野・弟!大チャンスだぞ!』

『ユッキー!勝って兄ちゃんと連携しろよ!』

 このレースで走る地元⑧海野への声援が多いが、②釘谷くぎたにや⑤古達こだてへの声援も多い。

『ミッチー(古達のあだ名)!今年こそダービー王やぞ!浪速の競輪王の力をみせたれや!』

『ミッチー、がんばれよ!』

『釘谷君!釘谷君!マジでがんばってくださーい!』


 観客たちはこれでもかという位の歓声をあげる。それはこの最後の準決勝が選手のみならず、客にとっても大一番である証拠だ。


 9名の選手が発走機前に到着。全員揃ったところでお客様に向かって一礼。各自、自らのレーサーに乗る。

 客たちの歓声は止むことはない。実況アナウンサーによる選手紹介が始まるが、その声が聞き取りにくいほどだ。


 成行たちはホームストレッチの特観席真下に近い場所に来ていた。

 可能ならば競走路バンクを間近に見られる金網前に行きたかったが、凄まじい混雑で接近を諦めた。今、五人がいる場所でも狭いと感じるほどだ。


 選手たちが各々のルーティンでハンドルを握った。

『よーい!』

 審判の号砲と共にレースが始まる。車輪が発走機から外れると、選手たちがゆっくりと上昇し始める。その様子に客たちの声が一層大きくなる。


「わーっ!始まったで!がんばれ、ミッチー!」

「ミッチー、がんばれ!」

 発走と同時に棗姉妹が声をあげる。やはり関西の魔法使いだけに⑤古達こだてを応援している。

「大堀さん、がんばれ!」

 これまた郷土・九州は佐賀の⑦大堀に声援を送る凛。


 みなの様子を目にした見事が成行に話しかける。

「成行君は誰を応援しているの?」

「決まってるよ、ユッキーさ。がんばれ、ユッキー!」

 成行は自分と同じあだ名の選手へ声援を送るのだった。







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