第13話 第11レース・S級準決勝③
スタートと同時に①
初手の位置取りは②釘谷が先頭誘導員の後ろを確保。すぐに①廣石が番手になり、北日本ライン2車が形成される。
この後ろを③佐倉と⑤古達が取り合うが、⑤古達が位置を下げた。代わりに⑧海野が③佐倉の前に収まり、⑥要が佐倉の番手へ。これで⑧③⑥の東日本混成ラインが完成する。
⑤古達は東日本混成ラインのすぐ後ろへ。さらに、その後ろには⑦大堀が来る。単騎の2人が並ぶ形になった。
そして、最後方に⑨
←(誘導員) ②① ⑧③⑥ ⑤ ⑦ ⑨④
ここから
彼らがホームストレッチ前を通過する度、客からの歓声が場内一杯に響く。
『がんばれ、ユッキー!』
『由吉君、兄ちゃんと決勝だぞ!』
『海野・弟、がんばれ!』
上品な甘さが口一杯に広がるメロンソフトクリームに感動しつつ、成行も声援を送る。
「がんばれ、ユッキー!先行屋の意地を見せたれや!」
「なぜに関西弁!?」
隣りにいた見事からツッコミがくる。
「いや、何となく。でも、これぞ競輪の応援をしているって感じでしょう?」
笑顔で答える成行。彼はソフトクリームを楽しみつつ、レースもしっかり楽しんでいる。
「まあ、そうね。この雰囲気を楽しむのも競輪の醍醐味よね」
そう言って見事も笑顔で返した。
「ミッチー、がんばってや!」
「ミッチー、がんばれ!」
成行と見事の側で声を張る棗姉妹。双子に合わせて、他の古達ファンも声援を送る。
「大堀さん、がんばれ!」
凛が大堀へ声援を送ると、同じように他の大堀ファンも声援を送る。
競輪とは単に公営競技というだけでなく、応援する選手への思い入れが強く現れる。それは他の公営競技以上に、競輪が各選手の『力』を問うものだからだろう。
競馬のように『馬』ではなく、競艇のように『舟』ではなく、オートレースのように『バイク』ではない。文字通り『人間』の力勝負なのだ。それゆえ、競輪ファンの熱量は大きく、『ガチ』なのだ。
選手の並びが整い、周回は早くも
選手たちが青板のホームを通過したタイミングから客たちの声が荒くなり始めた。
『ユッキー、ちゃんと仕掛けろよ!風祭に負けるなよ!』
『ユッキー、後ろ見ろ!風祭、来るぞ!』
『ユッキー、釘谷に負けるな!』
『志村、後ろ!』
客たちの声が⑧海野に届いたのか、青板のバックストレッチを過ぎたタイミングで⑧③⑥の東日本混成ラインが動き始める。それは最後方の中部ラインが動き始めるタイミングとも重なった。
2センターに差し掛かるタイミングで⑧海野は位置を上げる。そして、誘導員の後ろにいる②釘谷に対して外並走する。それは北日本ラインの動きをふうじるような形である。
東日本⑧③⑥を追いかけるように中部ライン⑨④がさらに外側から並走を試みる。
2センターを抜けるタイミング。⑧③⑥と⑨④のラインが双方を意識しつつ、誘導員との差を縮めていく。無論、②①の北日本ラインもこの動きに警戒しながら進む。
選手たちの駆け引きを見つつ、観客は目の前を通過する彼らに渾身の声援を送る。
「がんばれ、ユッキー!漢をみせろ!」
他の客と同様に自然と声が大きくなる成行。普段の生活でこんな大声など出すことはない。
「ユッキー、がんばれ!」
成行の隣にいる見事も⑧海野への声援を送る。
いよいよ
1センターに差し掛かるタイミングで、両者率いるラインが互いに譲らずレースのペースが上がった。
これに対して②①の北日本ラインは位置を下げる。一方、⑤古達は⑧海野率いる東日本混成ラインの後ろをキープ。⑦大堀も⑤古達の後ろをキープした。
いよいよ勝負どころ。客たちの歓声も噴き上がるように大きくなる。
『ユッキー、張れ!⑨を出させるな!』
『風祭、行け!そこで叩け!』
『ユッキー、行け!中部勢を出させるな!』
『ユッキー、早くしろ!中部が来るぞ!』
東日本混成と中部の両ラインはペースを落とすどころか、増々加速する。
1センターを抜けて赤板のバックストレッチ。いよいよ運命の鐘が鳴る。
しかし、2センターを抜けるタイミングを待っていたかのように⑧海野がすぐさま中部ラインの外側から仕掛ける。
最終ホーム(残り1周)を通過した時点で、⑧海野が⑨④の中部ラインを抜き返す。
客たちの目の前で東日本混成ラインが中部ラインを勢い良く追い抜いて行った。
この瞬間、④谷藤は透かさず東日本混成ラインを張り、牽制を仕掛けた。しかし、⑧海野は上手く乗り越えて、最後の1センターを真っ先に駆け抜ける。
『行け、ユッキー!そのまま突き抜けろ!』
『ユッキー、ユッキー!』
『釘谷、アホ!はよ、仕掛けろ!』
『ミッチー!今だ!』
『玄太、今だ!行け!』
客たちの歓声が場内に響き渡る。その声はもはや絶叫に近かった。あまりに大きすぎる歓声は聞き取ることさえ難しい。
東日本混成ラインが1センターを抜けるタイミングで⑤古達が仕掛ける。と同時に⑦大堀も彼に続くように仕掛けた。
最終バックストレッチで東日本混成ラインを捉えようとする単騎の2名。そして、人気の北日本ラインの2人が迫ってきた。
最終2センターに差し掛かる所で⑤古達と⑦大堀が東日本混成ラインに追いつく。だが、東日本混成ラインの③佐倉と⑥要がすぐさまブロック。⑦大堀はブロックされて勢いが止まった。
が、⑤古達は単騎ながらも③佐倉と激しく頭と体をぶつけ合って全く譲らない。勢いも削がれることなく走り続けている。
ここで北日本ライン2人が、2センターの大外を捲くろうとする。
しかし、⑤古達はこれを見逃さなかった。2センターの中間で透かさず②釘谷をブロックした。
この瞬間、客たちから驚きの混じった歓声が上がる。⑤古達はたった一発のブロックで②釘谷の捲りを止めたのだ。
2センターを抜けて最後の直線。人気の北日本ラインは不発。⑦大堀もブロックを受けて後退。
方や、それでも先頭で逃げ続ける⑧海野。そして、最後の直線で勝負に出る③佐倉と⑤古達。ここで単騎捲りに切り替えた④谷藤が⑤古達の後ろへ迫る。
¦ ⑤古達 ④谷藤
ゴール¦← ③佐倉 ⑥要
¦ ⑧海野
『ユッキー!ユッキー!』
『佐倉!佐倉!佐倉!』
『⑤!⑤!⑤!』
『由吉!がんばれ!残れ!』
『ミッチー!ミッチー!』
『京介!京介!』
最後の直線、選手が目の前を駆け抜けてゴールする瞬間。客たちのボルテージが最高潮に達した。
『ヨッシャー!当たりや!』
『古達だ!』
『京介、来たか!?』
『③?⑤?どっち!?』
ゴールした瞬間、客たちは口々に誰が1着だったのかと騒ぎ立てる。
皆の視線が大型映像装置や場内テレビに向かう。中継映像は残り半周からのVTRに切り替わった。ゴールの瞬間がスローモーションで映し出される。
赤色ユニホームの③佐倉と、黄色ユニホームの⑤古達がほぼ同時にゴール線を通過。その後に、桃色のユニホーム⑧海野と、青いユニホーム④谷藤の2人がほぼ同時にゴールしたように見えた。
『1着は③佐倉と⑤古達の大接戦!その後、3着も微妙な展開!逃げた⑧海野が残ったでしょうか?それとも切り替えた④谷藤か?審判からの放送をお待ち下さい。決定放送があるまでお手元の車券はお捨てにならないようにしてください。以上、最終11レース、最後の準決勝でした!』
興奮気味に喋る実況放送の後、場内にチャイムが響く。
『お知らせします。只今のレースの1着と3着は写真を参考に判定します。決定は暫くお待ち下さい』
審判放送の後、ざわめきが客たちの間に広がる。
『今のは⑤だよ、⑤!最後に差したよ』
『佐倉が残ったよ、今のは』
『3着に弟が残ったか?』
『北日本は全然ダメだったな』
『古達はわかるんだけど、釘谷はやっぱり肝心なときに失敗するな』
決定放送を待つ間、客たちは口々に最終レースを振り返る。
「流石や、ミッチー!あんな見事なブロックは他の選手に真似できへん!あっ!見事って言っても、アンタは褒めてへんで?」
沙織は見事へ釘を刺すように言った。
「わかってるわよ!いちいち教えて貰わなくても結構です」
ムスッとしながら言い返した見事。
「何やて!可愛げがないな!」
こちらもすぐさま言い返した沙織。
「なっ!?可愛げがないって、何で年下のアンタに言われなきゃいけないのよ!」
「何でオマエをリスペクトせんといかんのじゃ!」
ヒートアップする二人を凛が止める。
「ほら、お客さん騒がないでください。他のお客さんに迷惑でしょう?争いとは同じレベルでしか起きないんですよ?」
凛は些か呆れた様子で話す。彼女に
「「フン!」」と、互いにそっぽを向いた所で、場内に再びチャイムが鳴り響いた。
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