第14話 第11レース・S級準決勝④
チャイムの後、あれだけ騒いでいた客は沈黙し、審判放送に耳を傾ける。
『お待たせしました。第11レース、決定!』
『1着、③番!』
『『『ウワアアアッーっ!』』』
その瞬間、客から歓声と嘆き声が同時に起きる。
歓喜して仲間同士でハイタッチする者。聞かずとも、その結果はわかる。一方、落胆する客もいる。
『2着、⑤番!』
再び歓声と拍手が起きた。接戦だった1着と2着。まずは2車単を買っていた客たちに結果が伝えられる。そして、運命の3着は─。
『3着、⑧番!』
『うわーっ!』と、三度歓喜の声を上げる者。30代くらいの男性グループが仲間同士で抱き合い、喜びを分かち合う一方で、落胆のあまり崩れ落ちる者もいた。
『なお、1着と3着は写真を参考に判定しました』
審判放送の後、淡々と払戻金が伝えられる。
『第11レースの払戻金をお知らせします。枠番2連勝複式③④、370円。枠番2連勝単式、③④、390円。車番2連勝複式③⑤、350円。車番2連勝単式③⑤、630円。車番3連勝複式③⑤⑧、1740円。車番3連単式③⑤⑧、1万2980円。ワイド③⑤、190円。⑤⑧、390円。③⑧、280円。以上でございました』
最終レースの結果を聞き、ホームストレッチ側にいた客たちはぞろぞろと動き始める。
当たった客の払戻し行列ができ、それを横目にハズレた客は競輪場を去る。黙って去る客もいれば、人気の北日本ラインに文句を言い合いながら帰る一団もいた。
「やったわね、ユッキー!決勝戦ね」と、凛が冗談めかしに言いながら成行の肩を叩いた。
「これで明日は兄弟連携ができるよ」と、まるで自分のことのように答えた成行。
「地元のG1で、地元選手が兄弟で決勝進出なら、静岡のファンも嬉しいでしょうね」
見事は帰路につく他の客を眺めながら言う。事実、地元・静岡のファンらしい人々が海野兄弟の決勝進出の話題に触れて、早くも明日の決勝戦の話をし始めていた。
「惜しかったわ、ミッチー!ミッチーが一番やと思ったのに」
沙織が少し悔しそうに言う。
「うん。惜しかったわ、ミッチー。タイヤ差やね」
資織も少ししょんぼりしながら言った。
「『浪速の競輪王』も、『グンマーの競輪王』には勝てなかったわね?」と、見事。
すると、すぐさま言い返す沙織。
「何をゆうとるのや!本当の勝負は明日の決勝戦や!明日は佐倉ちゃんには負けへんで!」
見事も、沙織も、それ以上は言い合わなかった。二人にも本当の勝負が明日の決勝戦であることは理解出来ている。これ以上の言い争いは不毛というもの。何よりも明日のダービー王が誰なのか?それを今から考える方が断然に楽しい。
「やっぱり目の前で観るG1は最高だね。沢山のお客さんと一緒に観られることが特別なんだよ」
成行は皆に言う。それには見事たちも黙って頷き、同意する。
競馬やサッカー、野球でも同じことは言えるだろう。顔も、名前も知らない人々が、眼前の同じレースや試合を観て、興奮、歓喜、感動をシェアする。ネットやテレビ中継では決して味わえない体感だ。
「さてと、今日の決戦はここまでね。私達もママと合流してホテルに戻りましょう」
そう切り出したのは凛だった。
「そうね。ママに電話してみるわね」
見事はスマホを取り出すと、特観席にいる雷鳴へ電話をし始めた。
「そういえば、車券対決はどっちが勝ったのかしら?岩濱君、途中経過はどうだったの?」
凛は成行に尋ねる。
「福岡の魔女が優勢でした」
成行は忖度なく事実を伝える。
「今日の勝負の結末はいかに!やね」
沙織が嬉々として言った。
※※※※※
最後の準決勝が終わり、特観席からも客たちが退場し始めていた。しかし、当たった者は払戻に並ぶ。その行列には雷鳴の姿もあった。
「うーん・・・」
最終レースを当てた雷鳴だが、顔は晴れない。払戻に並びながら、本日の収支を計算し始める。当たった2車単の車券を眺めながら雷鳴は暗算する。
雷鳴は最終レースで2車単を②③⑤⑦をBOXで購入。一口3000円で合計3万6000円。しかし、2車単の払戻金は③⑤で630円。つまり、払戻金は1万8900円。マイナス1万7100円なのだ。
幸は最終レースで全く当たっていなかったが、購入金額が雷鳴よりも少ない。結果的に幸の方がトータルでダメージが少ないことになる。
雷鳴は11レースで総額8万円分を購入。しかし、払戻金は2車単の1万8900円のみ。トータルでマイナス6万1100円になる。結果、手元に残った金額は17万7900円。15万円からスタートし、プラス2万7900円で終了だ。
払戻を終えて、幸と合流した雷鳴。最終レースでは全く当たり無しの幸だが、余裕の笑みで雷鳴を迎えた。
「おかえりなさい。払戻も終わったし、ホテルへ戻りましょう?」
そう言う幸に対して雷鳴は本日の収支を尋ねる。
「その様子だと、私が負けているようだな?今日の収支は如何ほどに?」
すると、幸はこの問いかけを待っていたかのように即答する。
「最終レースの払戻はゼロ。でも、トータルでの残金は30万9300円。プラス15万円9300円ね」
「なるほど。私の方がどう考えてもピンチだ」
そんなにも差がついていたかと思った雷鳴。彼女はわかりやすく渋い表情をした。
そんなタイミングで見事から電話がくる。
「もしもし?」と、すぐさま電話に出る雷鳴。
『ママ?まだ特観席にいる?』
「これから下に降りる」
『帰りはどうするの?』
見事が尋ねてきた。これはどうやってホテルへ戻るのかという意味だろう。
「新居に迎えに来るように手配している。一旦、正門の外で集合にしよう。凛や双子魔女もいるか?」
『みんなでいるわ。じゃあ、正門の外で待っているわね』
見事が電話を切った。
「さてと。帰るか」
「はーい」
雷鳴もスマホをしまうと、幸と特観席を離れる。帰路につく客たちは口々に明日の決勝予想や、今日の反省をしている。
階段をゆっくり降りながら、幸へ話しかける雷鳴。
「この調子だと、明日は今日以上に混むだろうな」
「今から明日の決勝戦が楽しみね」
「難しいぞ、明日の決勝戦は─」
雷鳴は準決勝を勝ち上がった選手を思い出しながら、明日の決勝の並びを考えて始めていた。
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