第2章 日曜日の静岡市でGO!

第1話 出発の朝

「起きて、成行君!」と、誰かが体を揺さぶる。


「うん・・・?」

『誰だろう?』と、寝ぼけながらゆっくり起き上がる成行。

 ここは成行の泊まったホテルの一室。一人で寝たので、誰もいないはずなのだが。


「もう!朝ご飯に行く時間よ!早く着替えて」

 成行のベッドに座っている見事。彼女は既に出掛ける服装に着替えて、当たり前のように成行の部屋にいた。

 これはおかしい。別の部屋に宿泊したはずなのに、なぜ当たり前のようにいるのだろう?


「あれ?何で見事さんがここに?」

 至極質問をする成行。

「成行君が起きるのが遅いから。だから、起こしに来たのよ」

『しっかりしてよね』と、言いたげな彼女だが、問題はそこではない。なぜ、見事がこの部屋にいるのか?いや、正確にはどうやってという点だ。


「もう、ちゃんと時間は守ってよね?」

「いや、その前に、どうやってこの部屋に侵入したんですか?」

 成行は眠たげな口調で尋ねる。

「魔法使いが、そんな細かいことは気にしないの」と、見事。

 それでは回答になっていない。成行は布団に顔を隠す。


「ちょっと!起きなさい!」と、成行を揺する見事。魔法使いにはプライバシーとか、セキュリティとかの意識はないのだろうか?


 再び顔を出す成行。

「今、裸なんで、どいて貰っていいですか?」

「何ですって!?誰が来たのよ!?」

 成行の一言に表情を変える見事。

 しまった。どいて欲しいだけだったのに、妙な勘違いをさせた。成行は、またも布団に隠れる。


「まっ、まさか!?この中に、誰かいるの!?」

 見事の勘違いがどんどん明後日の方向へむかっていく。


「すいません。今のはなので、安心してください」

 布団の中から言い訳した成行。


「もう!成行君ってば!変なことを言うから!」と、ムスッとした顔の見事。

「怒りを鎮めて、朝ご飯にしましょう。怒っていても、いいことはないですよ」

 見事を宥めるように話す成行。




 見事と同じく出掛ける服装に着替えた成行。二人はホテルの朝食会場へ向かっていた。

 あの後、見事から布団越しにポカポカ叩かれた成行。彼女には空間魔法で、誰もいないことを確認してもらった。

 信用されていないのかと思ったが、見事には『誤解を招くようなこと言う方が悪い』と、言われてしまった。こちらに非が無いわけではないが、あの誤解は少々妄想が過ぎるのでは?そんなことを思いつつ、成行は見事と歩く。


 ジトッとした見事の視線に気づいた成行。

「なっ、成行君が変なこと言うから悪いのよ!」

 そう言った見事の頬が赤かった気がした。


』と、言ったら引っぱたかれそうなので、思いとどまった成行。

「今、失礼なことを考えていたでしょう?」と、指摘してきた見事。

「いやあ、今日のイチゴ狩り楽しみだなあ。天気も良さそうで―」

 成行はそっぽを向いて話す。


「もう!何かあっても助けてあげないわよ」

 見事は膨れっ面で先に行く。

「まあまあ、そんなに臍を曲げないでくださいって。スマイル、スマイル!」

 成行は見事を追いかけた。



                ※※※※※



 ホテルの朝食会場に着くと、大勢の宿泊客が朝食へ来ていた。家族連れ、会社員っぽい男性達の集団。老夫婦や、大学生とかのサークルみたいな男女のグループ。このホテルは現在、魔法使いの貸切。つまり、ここにいる人は全て魔法使いということだ。


 だが、こうしてみると不思議なもの。目の前に広がるのは、旅行先のホテルではよく見かけるはずの光景。しかし、ここにいる人が全て魔法使いといわれると、一般人と変わらない生活をしているのだな。そう思わずにはいられない成行。


 ファンタジー映画やアニメのように、あからさまに魔法使いっぽい人はいないのだ。ローブ姿の人もいなければ、魔法の杖も持っていない。それをいえば、これまで知り合ってきた魔法使いは、そんな物を持っていないし、そんな姿をしていない。競輪が好きというのは全くの想定外だったが。


 朝食はバイキング形式。成行は見事に続いて朝食行列に並ぶ。


 列に並びながら、見事が話し掛けてきた。

「成行君、今日も新居さんの案内で出掛けるわよ。夕べ、話した通りの予定だからね」

「希望通り、イチゴ狩りはできることになって良かったね。見事さん」

 見事に微笑みかけた成行。

「うん、それは今から楽しみ」

 見事の笑顔を今朝初めて目にした。


 昨晩、雷鳴から日曜日、つまり今日の予定を聞かされた。

 日曜日は午前中からイチゴ狩り。そして、魔法使いのビッグイベント。日本選手権競輪へは、午後から静岡競輪場に向かうことになった。ただし、この競輪に関しては事情が変わったのだが。


「お兄ちゃん、おはようさん!」

「おはよう、お兄ちゃん」

 成行の背後で声がする。振り返れば、棗姉妹がいるではないか。


「おはよう、岩濱君。見事」

 棗姉妹にはしっかりと監視役の凛も同行している。


「おはよう、みんな」と、三人に挨拶をした成行。

「おはよう、凛。それと、オマケ姉妹」と、棗姉妹に警戒心を隠す気が無い見事。


「何やて、オマケちゃうわ!」と、透かさず言い返してくる沙織。

「お兄ちゃん、ウチら『オマケ』なん?」と、ウルウルしながら問いかけてくる資織。

「ほら、見事。朝から喧嘩しないの。双子も喧嘩したら、イチゴ狩りは無しよ?」

 凛はため息交じりに、双方へ話し掛ける。


 凛や棗姉妹もすぐ外出できる服装に着替えている。実は、この三人もイチゴ狩りへ来るのだ。

「お行儀良くしてね、双子魔女さん」

 にこやかに棗姉妹を威嚇する見事。

「うううっ!お兄ちゃん、こんなヤツのどこがええんや?」と、沙織がまた見事の勘気に触れそうな発言をする。


「見事さんは優しくて、古き良きツンデレ魔法少女師匠だよ」と、答える成行。

「成行君、それって褒めてくれているの・・・?」

 ジトっとした表情をする見事。

「えっ!見事さんの魅力をしっかり伝えることができたハズですよ?」

 驚いた表情をする成行。正当な判断をしたはずなのだが、何か気に障ったのだろうか?


「まあ、いいわ。褒めてもらったことにカウントします・・・」という見事。イマイチ納得していない様子だった。

「さあ、朝ご飯。朝ご飯」

 成行は調子良く朝食のメニューに目を向ける。


「成行君、朝食は軽めにね。イチゴ狩りがあるんだから―」

 成行に忠告する見事。

「もちろんですって。せっかくのイチゴ狩り、しっかり楽しみましょう」

 成行はそう言いつつ、手始めにクロワッサンを三個、皿に載せた。








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