第16話 決勝の前夜②
助けよう。それが見事の決断だった。応援を呼ぶ間、待つ間に何かあっては手遅れだ。
それにこのような非常事態には、決して心得がないわけではない。こういう事態にも対処できなくては─。
内部には不審者がいるかもしれない。それに備えて、防御と相手を制圧することが同時に求められるだろう。
見事は相手も魔法を使えることを考慮して静かに魔法を発動させる。深呼吸をして、心の中でカウントする。
『1、2、3・・・!』
見事は空間魔法を用いて瞬時に雷鳴の部屋のドアを開けた。
軽い・・・!
想像していたよりも簡単にドアが開いた。もしや、これは罠だったか?見事はそう思ったが、ここで迷えば命取りになる。一気に部屋の奥へ突入した。そこにいたのは─。
※※※※※
「もう!紛らわしいわ!」
顔を赤くして声を荒げた見事。
「そんな大きな声を出さないでよ、見事さん。他のお客様に迷惑ですよ?」
彼女を宥めるように話した成行。
「全くだ。おっちょこちょいさんだな、見事は─」
雷鳴は呆れた様子で話す。
「だって本当に心配したんだからね!」
少し涙目になりながら反論する見事。
結論から言えば、雷鳴も成行も無事だった。見事の聞いたうめき声は確かに成行だった。しかし、拷問されていたワケではない。彼を唸らせていたのは、明日の日本選手権競輪・決勝戦の出走表だった。
聞けば成行は雷鳴から呼び出されていた。明日、決勝戦の予想対決に勝利するため、雷鳴から競輪専門家として
20時を過ぎて全国のファミマやローソンのコピー機では競輪専門予想紙が発売される。プリントアウトサービスの一つで、他にも競馬、競艇、オートレースの専門予想紙もプリントアウトにて購入ができる。
「便利なサービスだよな。昔は当日に競輪場で専門予想紙を買わないといけなかったのが、今や前日の夜に買えるんだから」
ウンウンと頷きながら呑気に話す雷鳴。
「ですよね?
芝居がかったリアクションで雷鳴に頭を下げる成行。
「もう!成行君に何かあっても知らないから!」
プイッとそっぽを向いた見事。
「ご機嫌を治してくださいよ、見事さん。見事さんのお気持ちは山よりも高く、海よりも深いってわかってますから。ちゃんと感謝してます」
成行の必死な弁明に視線を戻した見事。
「わかったわよ。わかってるなら、良いけど・・・」
成行の言葉を聞いて、この場はおさめる見事。
「(チョロいんです・・・)」
「何か言った!?」
雷鳴のささめきを聞き逃さなかった見事。
「さて、明日の予想、予想─」
雷鳴は南競でサッと顔を隠した。
「もう!ママ!」
見事は三度声を荒げたが、それを成行が止めた。
「見事さん、落ち着いて。というか、何か僕に用事でもあったのでは?」
「そうだった!」
見事は肝心な用件を思い出す。明日の予定だ。彼女は成行へ改めて話す。
「明日の予定について。ママと幸さんの対決は明日の決勝。つまり夕方に近い時間だから、それまで静岡観光をしましょう」
「静岡観光?というと、駿河湾で釣りとか?」
成行は少し考えて答える。
「そんなユーチューバーみたいなことはしないわよ。例えば、映画館とか、動物園とか」
「映画かぁ。でも、観光地にまで来て映画はな。あっ!待って!今はゴールデンウィークですよね?」
成行は何か思い出したのか、スマホを取り出して調べ始めた。
「何かオススメの映画でもあるの?」
成行と二人で映画館なら、それでも別に構わない。見事は全国ロードショー中の映画ライナップを思い出しながら問いかけた。
「あった!静岡でも上映してる」
成行は目的の映画を見つけたようだ。顔を上げて満面の笑みで見事をみた。
「何ていうタイトルの映画?」
見事は成行に問いかける。
「『ファントム・オブ・オニガシマ』です」
「ファントム・オブ・オニガシマ?」
聞き覚えの無いタイトルに首を傾げた見事。
「あれ?知らないんですか?」と、キョトンとした成行。
「知らないわ。どんな映画なの?」
素直に知らないことを表明した見事。
「ネット小説発のテレビゲームが原作で、これがハリウッドで映画化されたんです。東南アジアで特別任務中に戦死した英国海兵隊の兵士。彼が昔話『桃太郎』の世界に転生して、桃太郎として鬼退治に行く話です。主演はなんとジェイソン・ステイサム!」
熱く語る成行に対して、見事は淡々と尋ねる。
「それ、面白いの?」
「失礼な!面白いですよ!しかも、ジェイソン・ステイサム主演なら、間違いなく面白いアクション映画です!」
成行の強い反論に少し驚く見事。彼女としては映画よりも動物園の可愛いアニマルたちに会いたい。どうすべきか困った顔をしている見事へ助け舟を出す雷鳴。
「ユッキー。ジェイソン・ステイサムの桃太郎には調布の映画館でも会える。明日は動物園にしてやれ」
「動物園か。それなら、それでも構いませんが─」
あっさりと映画館の案から引いた成行。それを聞いてホッとした見事だった。
「じゃあ、明日は動物園からスタートね」
嬉しそうに言う見事。明日も天気が良さそうなので楽しみで仕方ない。
「では、動物園までは新居のタクシーで送らせよう。手配しておく」
そう言ってすぐにスマホを操作し始める雷鳴。
「お願いね、ママ!」
先程までの不機嫌が嘘のように、ご機嫌で話した見事。
「ゴールデンウィークで混んでいるかもしれないが、それには文句を言うなよ?」
釘を刺すように言う雷鳴。
「勿論、大丈夫よ!じゃあ、成行君。明日は朝から動物園だから、しっかり準備してね!朝ご飯は食べ過ぎたらダメよ!」
「勿論です。クロワッサンは4つまでにします!」
わかっているのか、いないのか判断しづらいような答えをビシッとした成行。
「じゃあ、今夜はこれで」
そう言って見事は上機嫌で雷鳴の部屋を出た。ルンルンと足取りも軽やかな見事。
「あっ・・・!」
雷鳴の部屋を離れて思い出した。ピタリと足が止まる見事。
「しまった。もっと成行君とおしゃべりしたかったのに・・・」
気づいたが手遅れだった。今さら雷鳴の部屋には戻りづらく、しかも母のいる手前、成行を誘い出すのは困難だった。
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