第5話 東京の魔女と九州の魔女

 ホテルの宴会場で魔法使いのうたげが催される中、雷鳴は同じホテル内の別の場所にいた。

 そこはホテルの最上階に位置するバー。本来ならば、ホテルの利用客へ自由に開放されている。だが、今日は貸切。

 それは他ならぬ雷鳴と、もう一人の客人のためだ。雷鳴はバーの雰囲気に合わせて、紫のドレスに着替えていた。これこそ、007のワンシーンのような雰囲気だった。


 既に夕刻も過ぎて、バーの窓からは静岡市街地の夜景しか見えない。だが昼間、天気の良い日ならば、駿河湾も、富士山も見渡せる絶好のビューポイントだ。

 夜景を眺めつつ、雷鳴は待ち合わせの相手を待っていた。貸切のため、夜景が一望できる窓側の席で。


「いらっしゃいませ―」

 不意に聞こえた店員の声。雷鳴は声が聞こえた方を振り返った。


 バーに黒いドレスで着飾った女性が入ってくる。背は雷鳴と同じく長身で、赤いロングヘアを一本縛りにしている。容姿は雷鳴より年上に見える。30代後半くらいだろうか。

 美しく品格のある雰囲気は如何にもセレブという感じだが、同時に威厳もあり、それもまた人々の目を惹くだろう。


「久しぶりだな、さち

 雷鳴はバーに来た女性に声をかけた。


「こんばんは、雷鳴さん。去年の競輪祭のとき以来かしら?」

 さちと呼ばれた女性は機嫌良さそうに答えて、雷鳴と握手する。

「たまには競輪GPも観に来い。競輪祭以外では、九州でなかなか特別競輪は開催されないんだ」

 雷鳴も嬉しそうに幸と話しながら握手した。


 このさちと呼ばれた女性。名前は稲盾いだてさち。九州全域、沖縄、それに中国地方の一部を統括する大物魔法使い。彼女こそ、『福岡のママ』と呼ばれる魔法使いであり、稲盾いだてりんの母親でもある。


「座ってくれ」

 雷鳴は窓の目の前のテーブルへ、幸を案内する。雷鳴と幸が腰掛けると、店員がオーダーを取りに来る。


彼女には焼酎の水割りを。静岡に来たんだ。静岡の美味い焼酎で水割りを。それとも九州の銘柄もあるが、どうする?」

 幸に尋ねる雷鳴。


「せっかくだから、静岡の焼酎の水割りで」

 幸は店員にオーダーする。

「こっちは焼酎のお茶割り」と、雷鳴も店員にオーダー。

 雷鳴が注文したとは、静岡県で親しまれる酒の飲み方。その名の通り、酒を静岡特産である緑茶で割った飲み方だ。


「それとに何か焼き物はあるか?」

 雷鳴は店員に尋ねる。


「三色串焼きはいかがでしょう?」と、答える店員。

「三色串焼き?どんなものだ?」

チキンビーフポークの三種類の肉を用いた串焼きです。静岡産の肉と野菜を折り合わせた逸品です」

「いいな。では、それを―」

 店員の言葉を聞き、雷鳴は即決する。


「他には、今が旬の桜エビのかき揚げも御用意できますが―」と、店員。

「じゃあ、それもお願い」

 今度は幸が店員にオーダーする。


「かしこまりました。以上でよろしいですか?」

「ああ、それで―」と、雷鳴。

 店員は一礼すると、その場を下がる。


「さてと、こうして酒を飲むだけが用件じゃあないだろう―」

 雷鳴は話を切り出す。

「無論。ある方から、お願い事を頼まれて―」

 夜景を眺めながら、幸もを始めた。



               ※※※※※



 酒と料理が運ばれてきたタイミングで、雷鳴と幸は本題へ。乾杯をして、注文した酒を楽しみながら話を始める。

「アナタのお姉さんからの頼まれごとで―」

 幸は水割りのグラスをテーブルに置く。


雷光から?」と、雷鳴の手が止まった。彼女も自身のグラスをテーブルに置く。


 そんな反応を見て、幸はニコッと微笑む。まるで、『そんな顔をするな』と言わんばかりに。

「そんなに警戒しなくても大丈夫」

「いや、ウチの姉は姉でね。今日もろくでもない目にあったばかりだから―」

 雷鳴は再び自分のグラスを手にすると、お茶割りグビッと飲んだ。


「それは気の毒な話だけど、気の毒なのは他にもいるわ」

 幸はそう言って串焼きに手をつけた。

「うん。美味しい」

 ポークとネギの串焼きを口にして、満面の笑みの幸。


「それは、どこのどいつだ?まさか、お前まで見事弟子成行にケチをつけるのか?」

 雷鳴が少々機嫌の悪そうな顔をする。

「違うわ。件の少年は有名人だけど、そうじゃなくて、私の用があるのは双子魔女よ」

 そう言いつつ、幸は早くもニ本目の串焼きに手を伸ばす。


「双子魔女?あの二人か?何の用がある?」

 雷鳴は桜エビのかき揚げに箸を伸ばした。カリカリに揚がった桜エビかき揚げから、食欲をそそるこうばしい匂いと、癖のない油の良いかおりがした。


「そう。アナタのお姉さんから、あの双子ちゃんを返してほしいと頼まれたの」

 満足げにニ本目の串焼きを平らげる幸。

 それを聞いて雷鳴は考え込む。


「なるほど。幸は仲裁を頼まれたのか?」

「そういうこと。雷光さんとは同じ西日本の魔法使いの誼もあるし、ビジネスパートナーでもあるから。それに魔法使い同士、喧嘩しても良い事なんて何一つないわ」

 幸は静かに笑う。


「抜け目がないな」と、苦笑した雷鳴。

「それはそうよ。東日本とは違って、西日本には西日本の緊張感があるの。首都・東京には無い緊張感がね。西日本の魔法使いは、助け合いを重視しているのよ」

「とは言え、こっちもそう簡単に双子魔女を返す気がしないな」

 そう言って夜景に目を向けた雷鳴。


「簡単に返したら

 雷鳴はグラスのお茶割りをまた口にする。

「そうくると思った。だから、私から提案をしたいわ」

 幸の言葉に、再び視線を彼女へ戻す雷鳴。


「ほう、その提案とは?」

「難しい話じゃないわ」と、笑顔で答えた幸。

「何を企んでいるだ・・・?」

 警戒しつつも、雷鳴は幸の話に耳を傾けることにした。





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