第5話 天下分け目の静岡競輪場
雷鳴と幸の魔女コンビは、日本選手権競輪・最終日も特観席を拠点にしていた。
予定より早まった競輪場の開門。最終日の昼前を迎え、既に多くの客がいる静岡競輪場。事前抽選の特観席も満席状態だ。
日本各地の競輪場では、集客のために様々な催し物を行っている。例えば、お笑い芸人のコントや演歌歌手のミニコンサートなど。だが、それも今や
そのため、競輪ガチ勢ではない客もこの静岡競輪場へと足を伸ばしていた。
雷鳴と幸の対決は、今日の決勝戦のみ。だが、その前から二人の戦いは始まっている。決勝以外のレースは対決に含まれないが、だからといってボーッと眺めている気など無い。
二人が並んで
今の世ならば、高齢者の客もスマホを眺めて予想する時代。そんな光景を眺めながら、雷鳴は時代の移り変わりを感じていた。
「今は年寄りもスマホ投票の時代か。変わったな」
雷鳴はマークシートへの記入を止めて呟く。
「それはそうでしょう?孫の写真と言わず、孫とテレビ通話する時代だし」
雷鳴の呟きを耳にした幸も同じく手を止める。
「そんな便利な時代なら、魔法使いも御役御免だな─」
やれやれという表情でエンピツを再び動かす雷鳴。
「そんなことはないはずよ─」
幸は話し続ける。
「魔法使いはこの国で、長らく暮らしてきた。私が生まれるずっと前から。何百年も暮らしてきたアナタなら、それがわかっているはずよ?我々はこれまでも、これからもこの国に必要な存在。我々がこの国を統治しなきゃ─」
雷鳴を優しく励ますように話しかけてくる幸。
しかし、優しい表情とは裏腹に、彼女の眼は鋭く何か強い信念のようなものを感じさせた。
「そうだな。我々がしっかりしなくてはいけない─」
頷きながらマークシートを埋めていく雷鳴。視線を幸には向けず、真っ直ぐにマークシートのみを見つめている。
「だが、難しい状況だな。特にここ10年前後はな。連中との兼ね合いもあるし─」
雷鳴がそう言って再度顔を上げたときだ。不意に彼女のスマホが振動する。
「失礼。電話だ」
話すのを止めて自らのスマホを取り上げる雷鳴。スマホは着信を知らせるために全身を震わせていた。その画面には雷鳴の見覚えがある電話番号が表示されていた。
※※※※※
「ついにやって来たわ!決戦の地・静岡!」
意気揚々と静岡競輪場の正門で自撮する魔女が一人。それは─。
「アリサ、やっと着いたか?」
正門まで迎えに来た雷鳴。彼女が手を振ると、アリサはすぐに気づく。
「ママ!久しぶりね!」
アリサは競輪専門予想紙・
アリサはゴールデンウィークのお出かけに合わせたカジュアルだが、お洒落な出で立ち。
しかし、そのお洒落な出で立ちをぶち壊しにしそうなアルコールの匂いがした。
「なんだ?新幹線の中で一杯やってきたのか?」
雷鳴はアルコールの匂いを見逃さない。
「何よ!毎日がホリデーなママと違って、私は昨夜も遅くまで勤労してたんだから!新幹線でおビールを飲みながら来てもバチは当たらないわ」
酔っているせいで怒っているのか、いないのか判別できないようなテンションで話すアリサ。
普段、立川市内のステーキハウスで働くアリサ。彼女は日本選手権競輪・決勝戦である今日を有休にして、この静岡を訪れていた。本人は当初より酒を飲むつもりだったらしく、立川市より中央本線、新幹線と公共交通機関を利用して到着した。
「さあ、戦いの前に腹ごしらえね!」
張り切った様子で話すアリサ。彼女はショルダーバックから何かチラシのような物を取り出した。
「それは?」と、尋ねる雷鳴。
「これは
そう言ってチラシを差し出すアリサ。スッと受け取ると、それに目を通す雷鳴。そのチラシは競輪場内でも配布されているチラシで、最終日の催し物やケータリングの案内が記されている。
「ケータリングも楽しみだけど、やっぱり静岡に来たなら、おでんを食べなきゃ!」
「おでんか。私は散々食べたからもう充分だがな─」
「もう!ママは良くても、私はまだ何も食べてないわ!それに静岡おでんはビールには最高に合うし!」
まるで子どものようにウキウキと話すアリサ。
「なら、早くした方がいいかもな?今日の静岡競輪場はご覧の通り激混だから、おでんも早くしないと売り切れかも?」
雷鳴の言葉に眼の色が変わるアリサ。
「何でそれを早く言わないのよ!私の静岡おでんがぁー!!」
雷鳴を掴み、早馬の如く慌てて競輪場の売店へ向かおうとするアリサ。
「慌てるな!危ないから落ち着けって!」
「ぐぇっ!?」
引っ張られた腕を勢いよく引き戻した雷鳴。
「やれやれ、誰に似たのやら─」
そそっかしい我が子を諌める雷鳴だった。
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