外伝三 存在しない猫の歌・Ⅰ
その日の午後、ぼくはニビト川の土手に立ち、浦座の町を眺めていた。
町に帰って来たのは、三年ぶりである。
顔を右向けると、そこには立派な橋が架かっていた。
片側二車線の道路が、河川敷の広場をまたぎ、ニビト川を越えて、対岸の皆原市に繋がっている。
……あの橋のたもとに、人穴があったのだ。
江戸時代、治水のために土手を築こうとしたが、何度やってもうまくいかず、人柱を立てることになったと言われている。
庄屋の娘が人柱にされ、深く埋められたと言い伝えのある場所が、人穴であった。
ヒロセというおじいさんが、ひとりで金づちを振り、人穴と呼ばれる場所を叩いていた姿を思い出す。
トントン、トントン……。
トントン、トントン……。
あのとき、ぼくは確かに見たのだ。
金づちで叩かれる地面から伸びた、細い手を……。
おじいさんの死後、人柱にされていた娘が抜け出したような深い穴が現れ、ニビト堤は決壊してしまった。
そのときもまた、ぼくは恐ろしいものを目にした……。
あの出来事をきっかけにして、子供だったぼくは、手描きの町の地図を作り始めたのである。
不思議で不気味な出来事が起こった場所に、『怪』の印をつけた浦和町の地図を。
小学校五年生の夏休み。
あれは、もう二十年も前のことである。
この土手の上からは、通っていた浦座小学校が見える。
浦座競技公園は見えないが、競技公園を馬蹄形に囲む森は見える。
リクドウ池のある方向は分かるが、マンションや商業施設に隠れて、正確な位置までは分からない。
大工のおじいさんの幽霊にあった住宅地は、どこだったろうか……。
そして、北の竹林があった場所は、開発の手が入り、新しいマンションの建築が始まっている。
あの夏……。
新学期が始まって後にも、ぼくたちは恐ろしい体験をした。
だけど、ぼくは手描きの地図に、『怪』という印をつけることはしなかった。
今はもう、あの地図も、どこかに失くしてしまった……。
その体験には、人の『死』があったのだ……。
※ 一年ぶりに「外伝」を書こうと思い立ちました。
『後記』が2023年5月1日更新なので、本当に一年ぶりです^^;
夏休み後の、タケル、久美、慎吾たちの冒険を楽しんでもらえれば幸いです^^
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