第二十話 幽霊の見つけ方・Ⅱ
おれは、気を落ち着け、もう一度、この民家に入った時のことを思い出した。
……玄関の引き戸は、目一杯開けたままで間違いない。
閉めてはいない。
外から入る光の中で、配電盤のブレーカーを操作し、クツを脱いで家の中にあがったんだよ。
そのことを頭の中で確認した時、なぜか玄関の上り口の隅に座り込んでいる、小さな男の子の姿が見えたんだ。
ちょうど、外からの陽の光が当たらない位置だよ。
もちろん、この家に入った時に、そんな子供は見なかった。
ピントが合っていない画像のように、はっきりとは見えない。
でも、半袖のシャツを着た小学生ぐらいの男の子が、うずくまる様にして座っているんだ。
なんだこれは?
入ってきた時はいなかった子供の姿が、どうして玄関に……と考えた瞬間、昔聞いた、幽霊の見つけ方を思い出したんだ。
そうだよ。
さっき話した方法さ。
思い出すと、もうダメだ。
一通り回ってきた、この家の中の各部屋が、次々と頭の中でよみがえってくるんだ。
便所には、何も見えなかった。
懐中電灯の黄色い光に照らされた便器だけだ。
でも、風呂場には、何かがいた。
やたらと腕が長く、妙に薄っぺらい人影が、浴槽から洗い場へ身を乗り出して伏せている。
換気扇のある天井の隅にも、顔のようなものが浮いていた。
布団の置かれていた暗い和室には、顔の半分欠けた中年男が、壁から斜めに上半身を出していた。
掃き出し窓の近くには、髪の長い女が、うつむき加減で立っている。
全身に鳥肌が立ったよ。
その女は、今、おれが和室を思い出し、頭の中で見ていることに気付いているように動き出したんだ。
のろのろと右手をあげて、階段の方向を指さしたのさ。
頭の中の映像は、さっき上がってきた、階段に切替わった。
階段下には、色んなモノが集まっていたんだ。
影法師のようにゆらゆらと動く人影が幾つか。
ボロボロの服を着て、頭が焼け焦げている人間。
首の折れ曲がった若い男。
半分腐ったような老人。
それらに混じって並ぶ、赤い顔をした日本人形……。
天井付近に浮いている、ニタニタと笑う顔のようなもの……。
どれもこれも不気味なモノばかりだった。
それらが、ゆらゆらと揺れながら、ゆっくりと階段をあがっていくんだ。
ああ、もちろんだよ。
階段も、二階にある物置のような部屋も思い出しちまったよ。
どっちも、禍々しいモノが蠢いていたよ。
恐ろしいことに、そいつらは、じわじわと奥の部屋へと移動しているんだ。
親方とおれのいる部屋だよ。
「お、親方……」
おれは真っ青になって、親方を見たよ。
とてもじゃないが、振り返って、後ろの闇を見ることなんざできなかったね。
どうすりゃいいのか。
どうなっちまうのか。
おれは、焦るだけで、まったく分からなかった。
ところが親方は違ったね。
開かない窓を背にして立つ親方は、こう言ったんだ。
「一度、外に出て清酒を買ってくるか」
「さ、ささ、酒ですか」
おれは喘ぐように問い返したよ。
「お供え用の酒だよ。
家ってのはな、無人になると、あっという間に荒れ果てちまうもんだ。
ところが、この家はしっかりとしている。
こりゃ、誰かが守っていたからに違ェねえ。
お礼をしなきゃ、なんねェよ」
親方がそう言った途端、家の中に満ちていた怪しい気配が、ふっと引っ込んだ気がした。
消えたのとは、ちょっと違う。
床の下や押し入れの中、天井裏や家具の裏に入り込んだような感じさ。
それから、親方は、おれの腕をポンポンと叩くと、こう言ったんだ。
「いいか、川瀬。
おれの背中だけを見て、ついてこい」
こんなことを言うからには、親方も何かを感じていたのか、何かを見ていたんだろうな。
いやいや、さすが親方は、肝の座った男だと感じたよ。
おれは、ゆっくりと進む親方の背中に密着するようにして、部屋を出て、階段を降りて、その家から外に出たんだ。
あの瞬間ほど、お日様の光が嬉しかったことはなかったね。
玄関かい?
開いていたよ。
このまま逃げ出したかったけど、親方は近くのスーパーに行くと、律儀に清酒を買って、その民家に戻ったんだ。
清酒だけじゃねえ。
饅頭や団子。
ジュースやおつまみなんかも買っていたな。
それらを玄関の三和土からあがった場所に全部並べてな、奥に向かって頭を下げたんだ。
真っ暗な家の奥から、「わざわざ御丁寧に」と、嬉しそうな声が聞こえたよ。
ん? ああ、カギを掛け直して帰ったよ。
いやいや、リフォームは引き受けなかっただろ。
解体するなら、それは別の業者の仕事だしな。
どっちにしろ、もう二度と、あの家には関わりたくはねえよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
家に帰ったばくは、地図に公民館を書き込み、その後ろに『怪』の印を書き込んだ。
これで『怪』の印は、4っになった。
時々、川瀬のおじさんの話を思い出し、頭の中で、自分の家を玄関から順に回っていきそうになる。
その度に、慌てて別のことを考える。
自分の家に『怪』の印をつけることだけには、なりたくなかったからだ……。
了
『奇妙な夏祭り』へ、つづく
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