第十六話 幽霊の見つけ方・Ⅱ


 おれは、気を落ち着け、もう一度、この民家に入った時のことを思い出した。


 ……玄関の引き戸は、目一杯開けたままで間違いない。

 閉めてはいない。

 外から入る光の中で、配電盤のブレーカーを操作し、クツを脱いで家の中にあがったんだよ。


 そのことを頭の中で確認した時、なぜか玄関の上り口の隅に座り込んでいる、小さな男の子の姿が見えたんだ。

 ちょうど、外からの陽の光が当たらない位置だよ。


 もちろん、この家に入った時に、そんな子供は見なかった。


 ピントが合っていない画像のように、はっきりとは見えない。

 でも、半袖のシャツを着た小学生ぐらいの男の子が、うずくまる様にして座っているんだ。


 なんだこれは?

 入ってきた時はいなかった子供の姿が、どうして玄関に……と考えた瞬間、昔聞いた、幽霊の見つけ方を思い出したんだ。

 そうだよ。

 さっき話した方法さ。

 

 思い出すと、もうダメだ。

 一通り回ってきた、この家の中の各部屋が、次々と頭の中でよみがえってくるんだ。

 

 便所には、何も見えなかった。

 懐中電灯の黄色い光に照らされた便器だけだ。


 でも、風呂場には、何かがいた。

 やたらと腕が長く、妙に薄っぺらい人影が、浴槽から洗い場へ身を乗り出して伏せている。

 換気扇のある天井の隅にも、顔のようなものが浮いていた。


 布団の置かれていた暗い和室には、顔の半分欠けた中年男が、壁から斜めに上半身を出していた。

 掃き出し窓の近くには、髪の長い女が、うつむき加減で立っている。


 全身に鳥肌が立ったよ。

 その女は、今、おれが和室を思い出し、頭の中で見ていることに気付いているように動き出したんだ。

 のろのろと右手をあげて、階段の方向を指さしたのさ。


 頭の中の映像は、さっき上がってきた、階段に切替わった。


 階段下には、色んなモノが集まっていたんだ。

 影法師のようにゆらゆらと動く人影が幾つか。

 ボロボロの服を着て、頭が焼け焦げている人間。

 首の折れ曲がった若い男。

 半分腐ったような老人。

 それらに混じって並ぶ、赤い顔をした日本人形……。

 天井付近に浮いている、ニタニタと笑う顔のようなもの……。

 

 どれもこれも不気味なモノばかりだった。


 それらが、ゆらゆらと揺れながら、ゆっくりと階段をあがっていくんだ。

 

 ああ、もちろんだよ。

 階段も、二階にある物置のような部屋も思い出しちまったよ。

 

 どっちも、禍々しいモノが蠢いていたよ。

 恐ろしいことに、そいつらは、じわじわと奥の部屋へと移動しているんだ。

 親方とおれのいる部屋だよ。


 「お、親方……」

 おれは真っ青になって、親方を見たよ。

 とてもじゃないが、振り返って、後ろの闇を見ることなんざできなかったね。


 どうすりゃいいのか。

 どうなっちまうのか。

 おれは、焦るだけで、まったく分からなかった。


 ところが親方は違ったね。

 開かない窓を背にして立つ親方は、こう言ったんだ。

 「一度、外に出て清酒を買ってくるか」


 「さ、ささ、酒ですか」

 おれは喘ぐように問い返したよ。


 「お供え用の酒だよ。

 家ってのはな、無人になると、あっという間に荒れ果てちまうもんだ。

 ところが、この家はしっかりとしている。

 こりゃ、誰かが守っていたからに違ェねえ。

 お礼をしなきゃ、なんねェよ」


 親方がそう言った途端、家の中に満ちていた怪しい気配が、ふっと引っ込んだ気がした。

 消えたのとは、ちょっと違う。

 床の下や押し入れの中、天井裏や家具の裏に入り込んだような感じさ。


 それから、親方は、おれの腕をポンポンと叩くと、こう言ったんだ。

 「いいか、川瀬。

 おれの背中だけを見て、ついてこい」


 こんなことを言うからには、親方も何かを感じていたのか、何かを見ていたんだろうな。

 いやいや、さすが親方は、肝の座った男だと感じたよ。


 おれは、ゆっくりと進む親方の背中に密着するようにして、部屋を出て、階段を降りて、その家から外に出たんだ。

 あの瞬間ほど、お日様の光が嬉しかったことはなかったね。

 玄関かい?

 開いていたよ。


 このまま逃げ出したかったけど、親方は近くのスーパーに行くと、律儀に清酒を買って、その民家に戻ったんだ。

 清酒だけじゃねえ。

 饅頭や団子。

 ジュースやおつまみなんかも買っていたな。


 それらを玄関の三和土からあがった場所に全部並べてな、奥に向かって頭を下げたんだ。

 真っ暗な家の奥から、「わざわざ御丁寧に」と、嬉しそうな声が聞こえたよ。

 

 ん? ああ、カギを掛け直して帰ったよ。

 いやいや、リフォームは引き受けなかっただろ。

 解体するなら、それは別の業者の仕事だしな。

 どっちにしろ、もう二度と、あの家には関わりたくはねえよ。


   ◆◇◆◇◆◇◆◇


 家に帰ったばくは、地図に公民館を書き込み、その後ろに『怪』の印を書き込んだ。

 これで『怪』の印は、4っになった。


 時々、川瀬のおじさんの話を思い出し、頭の中で、自分の家を玄関から順に回っていきそうになる。

 その度に、慌てて別のことを考える。


 自分の家に『怪』の印をつけることだけには、なりたくなかったからだ……。

 

       了 


    『奇妙な夏祭り』へ、つづく

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