第八話 タイムカプセルから出てきた闇・Ⅰ


 浦座小学校の正門は、閉じられていた。


 夏休みの平日、浦座小学校の運動場は、朝の九時から夕方の五時半まで子供たちに開放されている。

 でも五時半を過ぎると、こうやって正門は閉められてしまうのだ。


 今日の昼、照りつける太陽の下で、慎吾や正平、ヤッスン、テツオや涼介たちとサッカーやドッジボールをした運動場は、ひっそりと静まり返っていた。


 ぼくは正門の横にある通用門から校内に入った。

 上履きを取りに来たのである。


 慎吾たちと遊んだあと、汗だくになって家に帰ると、お母さんから「上履きは?」と怖い顔で聞かれたのだ。

 終業式に持って帰るのを忘れた上履きは、今日も学校で遊んだついでに持って帰ってくることを忘れてしまった。


 しまったと思い、「明日は絶対に……」と言いかけたところで、お母さんの小言が始まった。


 「タケル、いい加減にしなさい! 

 学校に遊びに行くたびに、必ず持って帰ってきなさいって、何回、言ったと思ってるの?

 このまま置きっぱなしで、臭くなった上履きをはいて二学期の授業を受けるつもりなの?」


 ぼくは小言を最後まで聞かず「今から、取りに行ってきまーーす」と家から逃げ出した。

 そして、再び学校に戻ってきたのである。


    ◆◇◆◇◆◇◆


 あれ?

 もう学校には誰もいないと思っていたけど、ぼくの前を一人の女子が歩いていた。

 ぼくの足音に気がついたのか、その女子が振り返った。

 「あれ、タケル?」


 「なんだ、舞原だったんだ」

 女子は幼馴染の舞原久美だった。


 舞原は小さいころ、ぼくの家の近所に住んでいた。

 よく一緒に遊び、幼稚園も一緒だった。

 そのころは「久美ちゃん」「タケルくん」と呼び合っていたのだ。

 でも、小学二年生になる前に、舞原は引っ越してしまった。


 と言っても、同じ学区内に引っ越したので、学校もクラスもそのままである。

 引っ越した翌日も「おはよう」と普通に学校に現れた。


 ただ、ぼくとの距離だけが少し遠くなった。


 今も同じクラスだけど、以前のように「久美ちゃん」とは呼ばない。

そんなことをすれば周りから冷やかされてしまうからだ。

 だから、「舞原」と名字で呼ぶ。舞原は少しえらそうに、ぼくのことを「タケル」と呼び捨てにする。


 「舞原、こんな時間に何してるの?」

 「忘れ物を取りに来たのよ」

 舞原はそう答えた。ぼくと同じである。


 「分かった。上履きだろ。

 持って帰って洗わないと、臭くなるからな」

 お母さんを真似て、ちょっと大人っぽく頷きながら言った。

 その途端、舞原はびっくりするほどの剣幕で言い返してきた。


 「な、なに言ってんのよ! 

 あたしは絵具を取りに来たの! 

 明日、由美ちゃんと写生に行く約束をしてるのよ。

 それに、あたしの上履きは臭くありません!」


 「わ、分かったよ。

 舞原の上履きは臭くない。

 うん。臭くないよ。だいじょうぶ」

 「繰り返さなくていい!」

 舞原は、さらに機嫌を悪くした。


 「ご、ごめん」

 ぼくは慌てて謝った。どうも女の子の上履きに「臭い」というのは禁句だったようだ。


 「そんなに怒るなよ」

 そう言いながら舞原の横に並んだ。

 舞原の方がぼくより少し背の高い。

 これがけっこう悔しかった。


 「タケルは、上履きを忘れたのね」

 「そう」

 「ね、宿題、どこまで終わった?」

 「終わる? まだ始めてないよ」

 「あんたねえ、もう八月よ」

 ぼくたちは、そんなことを話しながら南校舎の前を歩いた。


 正門に近い南校舎は一年生から三年生までのクラスが入っている。

 僕たち五年生のクラスがある東校舎は、南校舎の奥でL字型になる形でつながっている。

 どちらの校舎も四階建てである。

 と、不意に舞原がしゃがみ込んで、花壇のところから何かを拾い上げた。


 「なに、それ?」

 ぼくは舞原の手の中をのぞきこんだ。


 「……手紙かな?」

 舞原が拾いあげたのは四つ折りにされた手紙であった。


 「ちょっと見せてよ」

 「あのね、こういうのは、勝手に見たらいけないのよ」

 そう言いながら、舞原は四つ折りにされていた手紙を広げた。


 「見るのかよ!」と突っ込もうとしたら、いきなり怖い文章が目に飛び込んできた。


 『復讐してやる』


 ぼくと舞原は無言になって手紙を読んだ。


 『復讐してやる   一之瀬孝雄。

 ぼくは木原先生を絶対に許さない。

 木原先生のせいで、ぼくは学校が嫌いになってしまった。

 先生は、いつも「一之瀬は、赤ちゃんだから」とからかう。

 そして、ぼくはクラスのみんなに笑われる。

 先生がからかうせいで、ぼくは赤ちゃんとバカにされるようになった。

 砂田や塚本は「オムツをしてきたか」と毎日ぼくをからかう。

 言い返すと、砂田と塚本は「ボクシングで勝負だ」と言いながら殴ってくる。

 体の小さなぼくはかなわない。

 先生はこいつらを叱らなきゃいけないはずなのに、「ふざけすぎよ」と笑うだけで終わらせてしまう。

 叱られないから砂田と塚本は調子に乗って、毎日ぼくにちょっかいをかけてくる。

 ぼくは学校が大嫌いになった』


 びっしりと恨みごとが書かれていた。


 「ひどい……」

 舞原がつぶやいた。


 「ねえ、木原先生って誰だろう? 

 タケルは知ってる?」

 「いや、知らない」

 ぼくは首を振った。


 五年生を受け持っている先生や、今まで担任になってくれた先生たちの名前は分かるが、野火塚小の先生の名前を全員知っているわけじゃない。


 「これ、先生に届けた方がいいのかな……」

 舞原が不安そうに言った。


 舞原が不安になる理由は分かる。

 手紙を渡した先生が、もし、木原という先生と仲が良かったら、この一之瀬という生徒がますますひどい目に合うかも知れないからだ。


 「あ、続きがあるわ」

 手紙は二枚重ねて、四つ折りにされていた。


 ぼくたちは二枚目の手紙を読んだ。



         つづく

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