第九話 タイムカプセルから出てきた闇・Ⅱ


 『全部、木原先生のせいだ。

 ぼくは、まだ小さいから、木原先生にはかなわない。

 でも、このカプセルが開けられるころには、ぼくも大きくなっている。

 その時に、木原先生に仕返ししてやる。

 ぼくと同じように、ひどい目にあわせてやる。

 復讐してやる。復讐してやる。

 絶対に復讐してやる!』


 「ちょっと手紙を貸して」

 ぼくは舞原の手から手紙を取った。


 手紙は少し黄ばみ、パサパサに乾燥していた。

 「……分かった。

 これって、『墓場』のタイムカプセルの中にあった手紙なんだ」


 「そっか、タイムカプセルは、夏休みに卒業生が集まって、開けているものね」

 舞原も同意する。


 浦座小は、卒業するときに、未来の自分に向けた手紙を保管する、タイムカプセルを作るのだ。

 タイムカプセルは、東校舎の裏に並べられている。

 先生たちは、そこを『タイムカプセルの森』と明るいネーミングで呼んでいるが、ぼくたちは『墓場』と呼んでいる。


 たしかに木が何本か生え、雑草が茂っているところは小さな森っぽいけど、その中に置かれた、いくつもの朽ちたタイムカプセルは不気味だった。

 雰囲気が、寂れた『墓場』そのものなのである。


 石膏で作られたタイムカプセルは、円筒形や卵型、ピラミッド型のような単純なものから、土偶型や亀の形をした、ちょっと凝ったものまで、その年によってそれぞれ形が違う。

 中は空洞になっていて、卒業生たちは、その中に未来の自分への手紙を入れるのだ。


 何年後にタイムカプセルを開けるかは、卒業生たちが決める。

 四年後、五年後が一番多く、中には十年後というタイムカプセルもあると聞いた。


 完成した時は、真っ白で綺麗だった石膏のタイムカプセルも、一年もたてば雨や風で薄汚れ、表面にひび割れが出来て、いい感じにオドロオドロしくなる。


 ぼくたちが『十年物』と呼んでいるタイムカプセルは、背の高い円筒形をしていて、石膏の割れ目から雑草が生え、あちこちに苔が張りついている。


 こういうタイムカプセルが、薄暗い木陰に、七、八個ほど並んでいるのだ。

 イメージとしては、やっぱり『墓場』である。


 「なあ、舞原。

 東校舎の裏を回って『墓場』を見ていこうよ」

 ぼくは舞原をさそった。


 「えーー、でも……」


 「どのタイムカプセルに、この手紙が入っていたか気になるだろ。

 それとも怖い?」

 ちょっと挑発するように、ぼくは言った。


 『墓地』には、いくつかの不気味な噂があるのだ。

 あるタイムカプセルは、中身の手紙が全部捨てられ、代わりに死体が隠されているとか、あるタイムカプセルの表面をコンコンと叩いてみると、中から「あと三年」と声が聞こえたとか、そういう噂である。


 「怖くないわよ」

 「じゃあ、出発」

 舞原の返事を聞いて、ぼくは歩き出した。


 この時ぼくは、『墓地』で不思議なことが起こったら、地図に三つ目の『怪』の印を入れようと、能天気なことを考えていた。


 「待ってよ、タケル」

 舞原が追ってくる。


 ぼくたちは南校舎と東校舎をつなぐ渡り廊下を越えて、東校舎の裏に回り込んだ。

 木々と雑草が茂る『タイムカプセルの森』が少し先にある。

 ここからも、墓標のようにタイムカプセルが、並んでいるのが見えた。


 一番目立つ、「十年物」とぼくたちが呼んでいたタイムカプセルが消えていた。


 「十年物が、無くなってるよ」

 ぼくは舞原に言った。


 「じゃあ、この手紙は、十年物のタイムカプセルに入っていたんだね」


 「ってことは、あれだよな。

 一之瀬って子は、今は22歳か」

 さっきまで弱々しい男の子をイメージしていたのに、それがいきなり22歳でしたとなっても、ピンと来なかった。


 「もう、大人だよね。

 復讐なんて忘れているんじゃないかな」

 舞原が言う。


 「うん。

 木原って言うイジワルな先生も別の学校に行っちゃったか、先生を辞めているかも知れないしね」


 「ねえ、タケル。

 手紙はどうしようか?」


 「しッ!」

 ぼくは口の前に人差し指を立てた。

 『墓場』の雑草が、不自然に揺れた気がしたのだ。


 「……」

 舞原も気がついたのか黙り込む。


 別のタイムカプセルの後から、黒い塊がヌウッと立ち上がった。

 それはしゃがみ込んでいた人間だった。


 子供ではない。大人の男性である。

 ぼくたちに背中を向けたまま、男は左の方に顔を向けた。


 横顔はまだ若い。

 22歳なんだろうなとぼくは思った。


 男がそのまま、こっちに振り返るように動いた。

 ぼくは急いで舞原を引っ張り、東校舎の陰に隠れた。


 遅かったかも知れない。

 隠れる寸前、男に見られたような気がしたのだ。


 「やばい、逃げよう!」

 ぼくは小声で言うと、舞原を追い立てるように南校舎の方へと走った。


 「ね、ねえ、タケル。あの人って、もしかして……」

 舞原がおびえた声で言う。


 舞原が何を言いたいのかは分かる。

 ぼくも、あの男は手紙を書いた一之瀬孝雄じゃないかと思っていたのだ。


 こんな時間に『墓場』でウロウロしていたのは、もしかしたら、この手紙を探していたのかも知れない。


 「とにかく職員室へ行こう。

 誰か先生がいるはずだよ」

 ぼくたちは、職員室のある南校舎の玄関に駆け込んだ。


 ここから本当の恐怖が始まった……。


      つづく

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