外伝三 存在しない猫の歌・Ⅲ


 「まじか、タケル?」

 「違うって、慎吾。

 タケルと舞原は、グルになって、おれたちを騙そうとしてるんだって。

 どっきりだよ、どっきり」

 テツオが決めつける。


 イラッとしたが、思い出せていない側からしたら、そう考えても無理はない。

 「もう、あんたは、さっきから……」

 「待って、待って」

 舞原とテツオの空気が険悪になると、今度は涼介が止めた。


 「ここでもモメても、仕方ないって。

 それより、正確に分かる方法があるだろ。

 職員室に行って、立花先生に聞けばいいんだよ」

 ぼくたち四人は、一瞬、言葉を失った。

 立花先生とは、ぼくたちの一年生の時の担任の先生である。

 今も、浦座小学校に在籍している。

 すっかり見落としていたが、涼介の言う通り、簡単に正解を得る方法があったのだ。


    ◆◇◆◇◆◇


 ぼくは、舞原と二人で職員室へと向かった。

 「呼び出されてもいないのに、職員室なんか行かないよ」

 そう言ったテツオは、涼介と一緒に帰っていった。

 慎吾も「正門のあたりで待ってるよ」と言い、職員室までは来てくれなかった。


 職員室の前に着いたが、ぼくと舞原は引き戸を開けることをためらっていた。

 夏休み、職員室にいた新田先生に、追い回された恐怖が蘇ったのだ。

 あのときも、舞原と一緒に、職員室に入ったのである。

 新田先生の手には大きなハサミがあり、ぼくたちを追い回したときの目は、とても正気とは思えなかった。

 新学期が始まってから、新田先生は学校に来ていない。

 新田先生が担任の隣クラスは、今は副担任と学年主任の先生が交互にみている。

 色んな噂が流れているが、ぼくはなるべく関わることを避けていた。


 舞原が、なぜか威圧的な目でぼくを見ている。

 ……はいはい。

 仕方なく、ぼくは職員室の引き戸に手を伸ばした。

 こんこんとノックをし「失礼します」と言って引き戸を開けた。

 職員室には、十数人の先生がいた。


 近くにいた先生が、ぼくたち二人に気が付いた。

 「どうした?」

 「立花先生はいますか?」

 「立花先生はあそこだよ」

 先生が指さす方向に、立花先生がいた。

 お団子にしている髪型が懐かしい。

 年配の女性の先生である。


 ぼくたちは、立花先生の席にまで進むと声を掛けた。

 「立花先生」

 「おひさしぶりです」


 立花先生は、目を通していたファイルを閉じると顔をあげた。

 「あらまあ、国見くんと舞原さんじゃない。

 大きくなったわね」

 立花先生は優しい笑顔になると、正月だけに会う親戚のおじさんのような言葉を口にした。

 

 「ちょっと先生に聞きたいことがあって……」

 ぼくと舞原は、岸本ユキちゃんのことを説明した。

 ただ、ふざけていると思われるのは嫌で、歌のことは話さなかった。


 「……岸本ユキさん?

 そんな名前の子は、いなかったと思うんだけど……」

 困惑した顔になった立花先生は、ぼくたちの背後に視線を向けた。


 「あ、藤井先生。

 ちょっといいですか?」

 呼んだのは、当時副担任だった男の先生である。

 「どうしました?」

 近寄って来た藤井先生に、立花先生がたずねた。

 「岸本ユキさんという児童を覚えてますか?」

 「岸本ユキ?」


 「国見くんと舞原さんが一年生だった時、同じクラスにいた記憶があると言ってるんですけど」

 「えっと、凄く記憶があいまいなんですけど……」

 藤井先生にも、思い出したきっかけが『歌』だったことは隠し、ぼくと舞原は説明をした。


 「ん~~、岸本ユキか……」

 藤井先生は難しい顔になって考え込む。

 その間に、立花先生は机の下段の引き出しを開け、分厚いファイルを取り出していた。


 「……うん。いないわね。

 出席簿に載っていないもの」

 立花先生は、机の上でファイルを広げてみせた。

 当時の一年一組の出席簿のコピーである。

 『国見タケル』というぼくの名前、『舞原久美』『里見慎吾』『大崎テツオ』『皆川涼介』の名前はあるが、『岸本ユキ』という名前はなかった。

 「たぶん、他のクラスにもいてなかったと思うわよ」

 そう言った、立花先生はファイルを閉じた。


 「何か勘違いをしていたみたいです」

 ぼくは、それ以上、食い下がらずに無難な言葉を口にした。


 ……そんなことは無い。

 ……岸本ユキちゃんはいた。

 ……あの明るい笑顔の女の子は、絶対にいたのだ。

 でも、口に出した言葉とは裏腹に、ぼくは、岸本ユキちゃんの存在を確信し始めていた。

 ……勘違いでも記憶違いでも無い。

 ……彼女はいたんだ。


 「じゃあ、失礼します」

 「ありがとうございました」

 ぼくと舞原がそう言い、立ち去ろうとした時、今まで難しい顔をして考え込んでいた藤井先生が口を開き、小さくつぶやいた。

 

 「岸本ユキ……。

 聞いたことがある名前なんだけどなあ……。

 どこで聞いたんだろう……」

 

 このときは、まだ何も分かっていなかった。

 だけど、ぼくたちは、ゆっくりと恐ろしい闇に近づいていた……。


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