第十一話 タイムカプセルから出てきた闇・Ⅳ


 新田先生は、真っすぐに、ぼくたちを追って来ず、二階の廊下で校舎を横断し、反対側の階段口で待ち伏せをしていたのだ。


ハサミを持った手を振り上げている。


 「わわ、わわわ!」

 ぼくは、手すりにしがみつくようにして急停止した。

 勢いのついた足だけが前に出る。


 「戻れ、舞原! 

 い、いる、いるるよ!」

 後ろにいる舞原に知らせるが、恐怖でろれつが回らない。


 「タケル、早く、こっち!」

 事態を理解した舞原が、階段の上から叫ぶ。


 ぼくたちは、再び四階まで逃げると、廊下を走り、ちょうど中央辺りで立ち止った。

 振り返る。

 新田先生は、追い駆けてきていなかった。


 靴箱側の階段のどこかに潜んでいるのか、それとも、また二階か三階で校舎を移動し、職員室側の階段のどこかに潜んでいるのか……。

 分からない。

 どっちの階段を選んで降りても、その階段に新田先生が待ち構えている気がした。


 でも、このままじっとしているわけにもいかない。


 「タケル……。怖いよ」

 舞原が泣き出しそうな顔になり、僕の服の袖口をつかんだ。


 「だいじょうぶ。

 ……ぼくが先に進むから。

 久美ちゃんは、後ろから先生が来ないかを見張っていて」


 「う、うん。分かった」

 舞原は真剣な顔で頷いた。


 ぼくは、職員室側の階段を降りていくことに決めた。

 もちろん、靴箱側の階段を降りて行った方が、一階までたどり着いたとき、外に逃げ出しやすいことは分かっていた。

 でも、今、さっき、そっちの階段で待ち伏せされたのだ。

 怖くて、靴箱側の階段を降りることができない。


 ぼくと舞原は、職員室側の階段口まで進んだ。

 舞原はそこに立ち、廊下を見張る。

 向こうの靴箱側の階段から、ここまでは教室四つ分の距離があるので、先生が向こうの階段から現れても、じゅうぶん逃げることは出来る。


 後ろの見張りを舞原に任し、ぼくは階段を見下ろした。

踊り場には誰もいない。


唾を飲み込むと、ぼくは、ゆっくりと階段を降りた。


手すりから顔を出して、踊り場から三階に続く階段を見る。

……誰もいない。


 しかし、死角になっている三階の廊下に通じる角の向こうまでは分からない。

 そこで先生がハサミを振り上げて、ぼくが来るのを待ちながら息を殺しているかも知れない。

 それを想像すると、恐怖で喉から心臓が飛び出しそうだった。


 新田先生は一体、どうしちゃったんだろうか……。

とても、まともな状態には思えなかった。

あれは……間違いなく、ぼくたちを殺そうとしている。


 慎重に踊り場まで降りた瞬間、上から舞原の悲鳴が響いた。


 「来た! 来たよ!」

 上ずった声をあげた舞原が、大慌てで階段を駆け下りてきたのだ。


 靴箱側の階段を上がり、四階の廊下の逆端に新田先生が現れたのだ。


 「よし、このまま逃げよう!」

 ぼくは、舞原に言った。


 さっきも言ったけど、廊下の端から端までは、四クラス分の距離がある。

 このまま駆け下りれば、絶対に逃げ切れる。


 ぼくたち二人は、飛ぶように一階まで階段を駆け下りた。

 そのまま職員室の前を通り抜け、玄関へと向かう。


 靴をはいている時間は無いぞ。

 ぼくは頭の隅で、そんなことを考えた。

 靴を持って靴下のまま学校の外まで逃げて、誰か大人に助けを求めてから……!

 そこまで考えたぼくは、声にならない悲鳴をあげた。


 靴箱の陰から、新田先生がユラッと出てきたのだ。

 吊り上がった目が青白く光っているように見えた。


 ぼくは必死になって足を止めると、身をひるがえして逃げ戻った。

 危うく、真後ろにいた舞原とぶつかりそうになる。


 舞原も先生に気づき、同じように今来た廊下を逆方向に駆け出す。

 二人とも、もう声も出なかった。


 腰から下がガクガクとし、足が空回りする。

 階段に手をつき、ぼくと舞原は四つん這いになるような形で這い登った。

ありえない。

 新田先生がどれだけ速く走っても、ぼくたちより先に、玄関に回り込めるはずは無かった。


 ぼくたちは息を切らし、また四階に戻ってきた。

 振り返ると、先生は追ってきていない。


 後ろと前をきょろきょろと確認し、息を整えながら廊下を進む。

 どっちの階段口から先生が現れてもおかしくなかった。


 ……そうだ。

 ぼくは試しに、教室のドアを開けようとしてみた。

 ……開かない。

 鍵がかかっているのだ。


 次の教室も同じだった。

 前後の出入り口のどちらにも鍵がかかっている。

 三つ目の教室の出入り口も鍵がかかっている。


 「タケル……」

 舞原が泣きそうな声でぼくに身を寄せる。


 「大丈夫だって」

 ぼくは、そう答えたが、とても大丈夫な状況とは思えなかった。


 と、三つ目の教室の廊下に面した窓が少しだけ開いていることに気が付いた。

 この窓だけ、鍵を閉め忘れている。


 「久美ちゃん」

 ぼくは窓をそっと開けると、舞原に教室の中に入るように言った。

 舞原は青い顔でうなずくと、窓から教室へと入り込む。


 廊下の左右を見て、先生がいないことを確認すると、ぼくも窓から、するりと教室の中に入り込んだ。

 そのまま静かに窓を閉めて鍵をかける。


 この選択が正しいのかどうか分からなかった。



           つづく



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