第六話 割れた墨壺・Ⅱ


    ◆◇◆◇◆◇◆


 「目が覚めたら、汗でぐっしょりだったよ」


 「涼介は、怖がりだからなあ」

 テツオが、からかうように言った後で、ぼくに顔を向けた。


 「それでさ、涼介がどうしても、壊れた道具が何なのか知りたいって言うから、仕方なしに、図書館について行ってやることになったんだよ」

 自分の仕出かしたことに、まったく責任を感じていないようなテツオの態度だった。


 ぼくは少し考えると、二人にこう言った。

 「ね、ぼくも一緒に行っていいかい」


 本屋さんに行くつもりで家を出たけぼくだけど、二人について図書館に行くことにしたのである。


   ◆◇◆◇◆◇◆


 図書館は、クーラーが効いていて涼しかった。


 テツオは、すぐにマンガを探しに行ってしまった。

 図書館には、マンガ雑誌に載っているようなマンガ本は無いけど、歴史や偉人伝をマンガで描いた本はあるのだ。


 ぼくと涼介は、専門書や図鑑のコーナーをまわって、ひょうたん型の大工道具がのっている本を探した。


 「なあ、涼介。これじゃないのか?」

 ぼくは、専門書の一冊を涼介にみせた。


 用途別に、多くの大工道具が載っている一冊である。

 その中に、テツオが壊したと思える大工道具の図があったのだ。


 「うん。テツオが壊したものと形はちょっと違うけど、これだよ」

 涼介が答える。


 それは『墨壺』という大工道具だった。


 専門書を持って読書コーナーに移動し、二人で墨壺の説明文を読んでいると、テツオが戻ってきた。


 「お、見つけたのか。

 ス……、スミツボって言うのか。

 へーー、いろんな形があるんだな」

 横からイラストをのぞきこんだテツオが言う。

 図書館であることをわきまえ、さすがに声を小さくしている。


 専門書には、形の異なる、幾つかの墨壺の写真が載っていた。


 「で、これって何に使うんだ?」

 「直線をひく道具だよ。

 ここに糸車があるだろ……」

 ぼくは、説明文を読んで理解したことを、テツオに話してやった。


 説明に使った墨壺の写真は、ひょうたんを真っ二つに割ったような形をしている。

 片側には、糸車がミニチュアの水車のように取り付けられている。

 逆の片側には、墨を含んだ綿を収めるスペースがある。

 糸車から伸びた糸は、くびれの部分の穴を通り、墨を含んだ綿に触れ、そこから壺穴という穴を通って外に出ている。

 外に出た糸の先端には、軽子という針の付いた留め具がある。

 

 使い方はこうである。

 大きな板をまっすぐに切るときに、軽子の針を切断の開始点に刺す。

 そのまま糸を引き出しながら、板の逆の端まで墨壺の本体を移動させる。

 糸は引き出される途中で、墨を含んだ綿に触れて墨がつく。


 こうやって板の端から端まで墨で濡れた糸を渡し、糸を軽く上に引っ張ってから指を離すと、糸は板に打ち付けられ、真っ直ぐな墨の線が板につくのだ。


 「そうやって、できた直線をノコギリで切ったりするって書いてあるよ」


 「へーー、やっぱり大工道具っておもしろいや」

 ぼくの説明を聞いたテツオは、墨壺の写真を見ながら頷いた。


 その間に、涼介が立ちあがり、ぼくたちに背中を向けた。


 何かゴソゴソとしたあとで、涼介がぼくたちに向き直った。

 シャツのボタンをすべて外し、その下のTシャツもめくりあげている。


 「何してんだ、涼介?」

 テツオ、が不思議そうな顔になった。


 「見てよ」

 涼介は思い詰めたような顔で、Tシャツをめくりあげ、ぼくとテツオにお腹を見せた。


 「ここだよ。ここ」

 涼介は、お腹ではなく、お腹と胸の境目辺りを示した。

 そこには、横一直線に赤い線が走っていた。


 「それって、まさか……」


 ぼくがつぶやくと、涼介が硬い表情で答えた。

 「朝、起きたら、この線がついていたんだ。

 夢の中に現れた墨壺につけられたんだと思う……」


 「……へ、へへへへ。

 寝ぼけて自分で引っかいたんじゃないのか。

 な、なあ、タケルもそう思うだろ」

 顔を強張らせたテツオが、それをごまかすように笑いながら、ぼくに同意を求めてきた。

 

 自分のやったことが、何かとんでもないことを引き起こしたかもしれないと、気づき始めたようだった。


 「テツオが壊した墨壺が、化けて出たんだとしたら、涼介は、その線にそって、切断されるってことだよね」

 ぼくはテツオが想像しているであろうことを、はっきりと言い、責めるような視線をテツオに向けた。


 「でも……、でもさ、夢だろ。

 ははは……、だいじょうぶだよ」

 それでもまだテツオはごまかそうとしているのか、見苦しい作り笑いを浮かべる。


 往生際の悪い奴だった。


 「うん。ぼくは、だいじょうぶだと思うよ」

 涼介が平然と言い、Tシャツを下ろす。


 ぼくとテツオは、不思議そうな顔になった。


 「だって、夢の中でこう叫んだんだ。

 『助けて! きみを壊したのはテツオだよ。ぼくじゃないよ!』ってね」


 涼介の言葉に、テツオの顔が引きつった。


 「そしたら、墨壺が、こう答えたんだ。

 『そういえば顔がちがう。この子じゃない。

 そうか、わしを壊したのは、テツオという子供か。

 ならば、その子供を二つに切るとしよう』ってね」


 「うわあああ。

 なんてこと言ったんだよ!」

 テツオが、青くなって大声をあげた。


     つづく

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