第二十話 リクドウ池の氾濫・Ⅰ
閃光と同時に雷鳴が響き渡った。
コンビニの建物がビリビリと震えたのが、はっきりと分かるほどの雷鳴である。
次の瞬間、店内の明かりが消えた。
昼間だから、そう暗くはならなかったけれど、少し薄暗いコンビニの店内というのは、妙な感じがした。
「おおお、びっくりした」
ぼくは思わず声をあげた。
レジでアイスのお金を払い終わったところだったのだ。
「こりゃ、近くに落ちたな」
アルバイトの工藤のお兄ちゃんが、外を見ながらそう言う。
このコンビニは家から一番近く、ぼくは、よく漫画やお菓子を買いに来る。
アルバイトの工藤の兄ちゃんとも、顔見知りだった。
工藤の兄ちゃんは大学生である。
いつもはパートのおばさんたちと交代で、夕方から店に入っているけど、夏休みの間は、おばさんたちに代わって、昼間から店で働いていることが多いのだ。
と、雨が降り始めた。
ポツポツとではなく、雷が合図だったかのように、いきなりザーーッと降り出したのだ。
凄まじい土砂降りである。
「うわ、降ってきちゃったよ」
ぼくは情けない声を出した。
さっきまで晴れていたのだ。
傘は持ってきていない。
近いと言っても、家まで歩いて10分近くはかかる。
家に着くどころか、店を出て10秒もしないうちに、ずぶ濡れになりそうな雨だった。
「ゲリラ豪雨かな?
しばらく雨宿りしていきなよ」
工藤の兄ちゃんがそう言った。
「アイス、どうしよう」
「ん~~、本当はダメだけど、この雨だし、店の隅っこで食べてもいいよ。
それともケースに戻しておくか?
停電だっていっても、冷凍ケースの中なら、しばらくはだいじょうぶだぞ」
「じゃあ、今、食べる」
ぼくはレジから離れると、アイスの袋を破った。
と、舌打ちの音が聞こえた。
見ると、お茶とお弁当の入ったカゴを持ったおじさんが、不機嫌な顔になって、雑誌を並べているコーナーに移動していった。
このおじさんも、外に出る気になれなかったのだろう。
店の中には、あと一人、おばあさんがいた。
「怖い雨だねえ……」
おばあさんは、駐車場に面した、大きなガラス窓を叩く雨を見ながらつぶやいた。
そして、四人目の客が店の中に飛び込んできた。
「もういや!
すっごい雨!」
それは舞原だった。
「舞原!」
「あ、タケル!」
顔についた雨水をハンカチで拭っていた舞原が驚いた顔になった。
舞原と会うのは、新田先生に追いかけまわされた、あの日以来である。
「あ……、あの時はありがとうね。
あたし、ちょっとタケルを見直しちゃったわ」
舞原は少し照れたような笑顔でそう言った。
いきなり面と向かって、そんなことを言われるとは思っていなかったぼくは、うろたえてしまった。
「べ、別に、たいしたことないよ。
それより、こんな雨の中、アイスを買いに来たのか?
ちょっと食い意地が張り過ぎだろ」
ぼくが「あはは」と笑うと、舞原が怒った顔になってぼくを睨んだ。
「違うわよ。
彩ちゃんの家に遊びに行く途中だったの!」
「そ、そう……」
また、舞原を怒らせたようだった……。
「タケルの彼女か?」
工藤の兄ちゃんが、笑いながらレジから出てきた。
「違うよ」
「違います!」
二人で同時に否定した。
工藤の兄ちゃんは「そうかそうか」と笑いながら店内を横切ると、レジとは反対側にある『関係者以外立入禁止』とプレートのかかったドアを開け、中に入っていった。
そこはバックルームと言い、事務所兼倉庫だと聞いたことがある。
事務仕事をする机と、補充用の商品が並んでいるらしい。
工藤の兄ちゃんは、手に新品のタオルを持ってすぐに出てきた。
「ほら、これで拭きなよ。
そのままじゃ、風邪をひいちゃうぞ」
そして、舞原にそのタオルを差し出した。
「いいんですか。ありがとうございます」
「景品のあまりものだから、気にしないでいいよ」
舞原はそのタオルで濡れた髪を拭きながら、ぼくを見た。
「優しいわ。
誰かさんとは大違い」
ぼくは聞こえないふりをし、アイスをかじりながらそっぽを向いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
雨はどんどん激しさを増していった。
まるで滝のように大きな雨粒が降り注ぎ、建物全体をゴーーッという雨音が包み込んでいる。
その勢いは、恐ろしくなるほどだった。
コンビニのある場所は窪地になっているため、駐車場全体に雨水がたまり始めていた。
その溜まった雨水を、さらに降り注ぐ雨が叩き、凄まじい勢いで飛沫が立っている。
アイスを食べ終え、ぼくはガラス戸のそばに立って、その様子を眺めていた。
この店の出入り口は自動ドアじゃなく、自分で押して開閉するタイプのドアである。
だから、ドアのそばに立っていても勝手に開くことは無い。
そもそも、今は停電になっている。
「ちょっと怖いよね。
だいじょうぶかな?」
舞原がぼくの横に立つと、不安そうな声でそう言った。
「このまま水が、店の中にまで入ってくるかもね」
ぼくは、ちょっとイジワルな気持ちになり、わざと舞原を怖がらせるようなことを言った。
ところが、この言葉は、五分もしないうちに現実になってしまった。
コンビニの出入り口は、ゆるやかなスロープになり、駐車場より一段高くなっているけど、駐車場を満たした雨水が、ドアの下の隙間から店内に入り込んできたのだ。
駐車場に止まっている自動車は、もう車体が水に浸っていた。
雨は止む気配が無い。
「こりゃ、まずいな」
工藤の兄ちゃんが、スマホを取り出した。
「もしもし、あ、オーナーですか。
工藤です。はい……。
ええ、けっこう水が入ってきてます。
シャッターを閉めた方が……。はい」
工藤の兄ちゃんは、コンビニの持ち主に電話をしているようだった。
「これは、リクドウ池の水が溢れたねえ」
入り込んでくる雨水から離れ、店の奥に移動したぼくたちに、おばあさんがそう言った。
「リクドウの池は、良くない場所と繋がっているんだよ。
怖いことが、起こらないといいんだけどねえ……」
おばあさんは、心配そうな顔でつぶやいた。
つづく
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