外伝三 存在しない猫の歌・Ⅷ
ユキちゃんのお兄さんである岸本清伸さんと別れた後、ぼくと舞原は、しばらく一緒に歩いた。
清伸さんと話しているときは、衝撃的な内容で、つい気圧されるように納得してしまったが、改めて考えると、色々と不自然なところが浮かび上がってくる。
「なあ、舞原。
ユキちゃんが、行方不明になるまでの短い期間、ぼくたちと同じクラスだったとしたら……」
「したら?」
ぼくが少し黙ると、舞原がうながす。
「テツオや涼介が、覚えていなかったってのは、まあ、納得できるよな。
まだ一年生だったし、接点が少なくて記憶に残らなかったとか」
「うん。そうね」
舞原が同意した。
「でもさ、立花先生が見せてくれた出席簿のコピーに、岸本ユキちゃんの名前が無かったのはどうしてだろう……」
「……」
舞原が答えないので、ぼくは自分の疑問に自分で答えを出してみた。
「ユキちゃんが行方不明になってから、新しく作り直した出席簿のコピーだったとは考えられないかな。
だから、岸本ユキちゃんの名前が無かった……」
自分でも無理のある答えだとは分かっていた。
「どうかなあ」
舞原は否定的な表情をみせた。
「出席簿の件は、それでいいとしても、立花先生の反応はおかしくない?」
「だよな」
舞原の言いたいことが分かり、ぼくは頷いた。
「複雑な家庭の事情だから、ぼくたちには話さなかったって感じじゃ無かったよな。
完全に覚えていない。
記憶にないって感じだったもんな」
「でしょ。
もし、ユキちゃんが、本当に行方不明になって学校に来なくなったって言うのなら、逆に記憶に残っているはずだと思うの」
舞原がそう言う。
結局、よく分からないまま、ベーカリーショップの前に来た。
この角で、舞原は右へ曲がり、ぼくは真っすぐに進む。
「じゃあな、舞原」
「土日の間に、夏休みの宿題を片付けなさいよ」
ぼくと舞原は、もやもやしたものを抱えたまま、焼き立てのパンの香りが漂うベーカリーショップの前で別れた。
◆◇◆◇◆◇◆
「ただいま」
玄関でクツを脱ぎながらそう言うと、キッチンから「おかえり」と、お母さんの声が返って来た。
……そうだ!
同学年の子供が行方不明になったのなら、それなりの騒ぎになったはずだ。
もしかしたら、お母さんが、岸本ユキちゃんのことを何か知っているかも知れない。
そう考えたぼくは、キッチンに入った。
「ねえ、お母さん。
ちょっと一年生の時のことを聞きたいんだけど」
シンクで洗い物をしていたお母さんが振り返った。
「お母さんは、五年生の夏休みのことを聞きたいわ」
笑っているけど、目が怖い。
「さっき担任の先生から電話があったのよ。
まだ、夏休みの宿題が終わっていないんですって?」
「あ、うっ、それは……」
ぼくは金魚のように口をパクパクとさせた。
「今から始めます。
すぐに。絶対。
土日の間には、絶対に終わらせます」
「よろしい」
お母さんが怖い目と笑顔のままで頷き、ぼくは慌てて二階の自分の部屋へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆
夜。
算数のプリントと理科の自由研究との苦しい戦いを終えたぼくは、ふらふらになってベッドに入った。
岸本ユキちゃんのことが気になるのか、ひさしぶりに頭を駆使したため精神が高揚しているのか、ぼくはなかなか寝付けなかった。
そのうち、トントンと天井から音が響いてきた。
分かっている。
これは雨音だ……。
トントン……。
トントン……。
あの日も雨が降っていた。
地図を作り始めるきっかけとなったニビト川の怪異と出会った日の夜。
トントン。
トントン。トントン。
トントン、トン。トントントン。トトトトン。
雨音が激しくなる。
新たに始まった怪異に、浦座町がざわついているようであった……。
そして雨の音に包まれながら、ぼくは悪夢を見た。
暗い森の中を歩いている。
浦座競技公園の外周にある森だ。
慎吾が横にいるはずなのに姿が見えない。
ぼくは、真っ暗な森を一人で歩いているのだ。
前方から、祭のざわめきが聞こえてきた。
だめだ。ざわめきのする方向に行ってはいけない。
あそこには、真っ黒な目をした何かが集まり、ぼくたちを捕まえて標本にするつもりでいるのだ。
だからぼくは別の方向に進んだ。
その方向は、竹林になっていた。
町の北にある竹林だ。
ぼくは、竹林の中を進んでいった。
夜風に吹かれた笹が、僕の周囲でカサカサと音を立てる。
カサカサ。
カサカサ。
ここには、不思議な屋敷があるはずである。
屋敷からは、笑い声や話し声が聞こえてくるが、訪ねてみても誰もいない。
一度屋敷を出て、再び訪れると、屋敷そのものが消え失せている。
図書館で読んだ、『浦座史』という郷土史に、そう書かれていたのだ。
カサカサ。
カサカサ。
「マヨイガの一種だろうな」
カサカサ。
カサカサ。
龍因寺の真野のお兄ちゃんに、この屋敷のことを聞いくと、そう言われた。
真野のお兄ちゃんは、竹林の屋敷のことを知っていた。
ああ、笹の葉の鳴る音の向こうから、あの歌が聞こえてきた。
カサカサ。
カサカサ。
ミャーミャー、子猫の鳴き声がする。
細くて、小さな甘える声。
見つけたよ。迷子の子猫……。
カサカサ。
カサカサ……。
ぼくは、歌の聞こえる方向へ歩いて行った。
町の地図には、恐怖がいっぱい 七倉イルカ @nuts05
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。町の地図には、恐怖がいっぱいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます