第20話 厄介と小悪魔

 翌日教室で松来と目が合ってしまった俺は案の定、鬼のような形相で睨まれた。黄瀬は同情の眼差しを送っている。胃がキリキリする。


 正直に言わせて貰えば松来は露骨だ。俺に躊躇いなくガンを飛ばすくせに渡辺の前だとワントーン高い声を出す。誰の目で見ても松来は渡辺に気があるとわかるだろう。俺が言わなくたってその態度でバレバレですよ、と言えたらいいのだが。


 講習が終わり、各々準備に取り掛かる。俺は昨日と同様に段ボールで井戸を作るはずだったのだが、松来と黄瀬に呼び出されて人気のない空き教室に連れていかれた。


「ほんっとありえない。盗み聞きとかまじ最低」

「まぁまぁ、黒石くんはたまたま居合わせちゃっただけだよね? 有里華もそんな怒んないで」


 薄々予想はしていたものの目の前で非難されるのは結構きつい。黄瀬がフォローしてくれているのが救いだった。


「でもさぁ……あ、そうだ」


 何かを思いついたような松来の反応。すごく嫌な予感がする。


「あんたさぁ、協力してよ」


 やっぱり。こういう時の予感って大抵当たるんだよな。


「いや、俺別に渡辺と仲良くないし」


 協力なんて面倒だし他人の恋路に首を突っ込む趣味はない。


「でもあんた高砂と仲いいじゃん。渡辺と高砂って同中なんだよ」


 そうだったのか。だから高砂は渡辺が緑青を好きだと知っていたんだなと納得する。


「決まり! ってことで、よろしくね」


 するなんて一言も言っていないのだが。


「いや、俺は……」

「よ、ろ、し、く、ね?」


 笑顔なのにどうしてこんなに怖いんだろう。なんで緑青といい、松来といい、威圧的な女に縁があるのだろうか。ため息をつきたくなるのを我慢して、俺は渋々口を開いた。


「……はい」


 断ったら後が怖い。それに反感を持たれては今後の文化祭準備に差し支える。致し方ない。


 面倒なことになった。緑青だけでなく、松来にも目をつけられてしまうなんて。


 平凡で地味な生活からどんどん逸脱していく。もしかして厄年……いや、何かに憑かれているのだろうか。神社でお祓いをしてもらった方がいいのかもしれない。





 国語資料準備室に入ると、なんだかすごく安心した。教室にいるよりも何倍も癒される。緑青は深緑色の布に針を通していた。


「何やってんだ?」

「見てわからないの? 裁縫よ」

「いや、それはわかるけど何でって意味で」

「私のクラスは喫茶店をやると教えたでしょう? ウェイトレスの衣装を作っているの」

「へぇ、随分進んでいるんだな」


 もう衣装を縫う段階までいくなんて、俺たちのクラスとは大違いだ。俺たちのクラスの衣装係は幽霊の衣装デザインがいざ作るとなると難しいからもっと簡易的なものに変更しようともめているというのに。


「衣装コンテストでの入賞を狙っているらしいの。だからいくつか試作品を作って、その中から選ぶそうよ」


 衣装コンテスト、そういえばそんなのあったっけ。俺たちのクラスはお化けの衣装だから鼻から入賞は狙っていない。白装束とか血糊のついた着物で舞台に上がるなんてシュールすぎる。


「持ち帰って作業するなんて大変だな」

「ええ、でもこういう作業は嫌いではないから」


 緑青は手際良く針を進めていく。


「ミシンとか使わないのか?」

「しつけ縫いだから手縫いでいいのよ。帰ったらミシンで縫うわ」

「ふうん」


 天は二物も三物も与える人には与えるんだな。美人で頭も良く、その上服も作れるとかスペック高すぎだ。


「緑青、その……昨日は電話ありがとう」


 裁縫する姿に気を取られて、第一声で伝える予定だった言葉を今更口にする。


「どういたしまして。なんだか、面と向かってお礼を言われると照れるわね」


 緑青は裁縫をする手を止めて大きな目を細めた。


「また見せてくれたら批評させてもらうわ」

「よろしく頼む」


 俺はそう返していつも通り席に座りノートを広げた。シャーペンに芯を補充しつつ気になっていたことを聞くことにする。


「……俺のクラスに渡辺斗真っていう男子がいるんだが、知ってるか?」


 協力すると(かなり一方的ではあったが)約束してしまったので仕方なく。恐らく渡辺が元気をなくした原因は緑青に振られたからだろう。それが真実か確かめるのだ。


「……ええ、知っているわ」

「告られたのか?」

「ええ」

「それっていつ」

「そうね、夏休みになる直前だったかしら」


 思った通りだ。ついでにもう一つ質問。


「なんで振ったんだ?」

「……あなた、馬鹿なの?」

「ばっ……」


 馬鹿とは失礼な。そんなに馬鹿っぽい質問か? まぁ他人の恋愛事情に口を出すのはあまり褒められたことではないことは確かだ。


「あなたと付き合っているんだから、断るに決まっているでしょう」


 柔らかく緑青の目が弧を描くのを見て、急激に体温が上昇するのを感じる。


「あ、あ……そう、ですか」


 頰だけでなく耳まで赤くなっている気がする。恥ずかしい。照れ隠しにさらに質問することにした。


「そ、それじゃあ、ミスタコンの先輩とかテニス部のキャプテンとかバスケ部のスタメンは……」

「ああ、そういえば入学早々に何人かに告白されたわね。……なんでそれをあなたが知っているの? ちょっと気持ち悪いわ」


 鳥肌がたったと示すように、緑青は二の腕をさすった。


「ゔ……」


 確かにストーカーみたいだと反省する。図星なので言い返せない。黙り込むと緑青は俺の顔を覗き込んだ。


「私のこと、気になるの?」


 挑発的な瞳。小悪魔のようなそれは俺の心をいとも簡単にかき乱した。別に、と顔を逸らすもくすくすと含み笑いが聞こえてきて、完全敗北を悟る。遊ばれるのはもう何回目だろう。悔しい。


 居たたまれなくなって帰ろうかなと思うのだけれど、何故か席を立つ気にはなれなかった。

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