第47話 貼る、そして浮かれる

 学校を後にしたその足で俺は緑青と初デート……と称していいのか微妙だ。訂正、初外出をしたショッピングモールへと向かった。


 目的は一つ。彼女に導かれるまま訪れた文房具屋でスクリーントーンを買うのだ。ペン入れこと清書が終わり、黒く塗りつぶす作業、通称ベタも終えた。残すは最後の仕上げ、トーン貼りだ。この作業を終え、セリフとモノローグをシャープペンで書けば完成する。


 客も疎らな店内の漫画コーナーへと進んでいき、スクリーントーンと書かれたポップのついた引き出しを見つけた。引き出し一つ一つに貼られた横長なシールに、各トーンの番号と小さな見本が記載されている。それと合わせて値段が。


 ……高い。


 率直な感想だった。安いもので三百円代。高いと五百円代。たった一枚でこんなにするのか……と面食らう。そういえば最近はデジタルで漫画を描く人が多いらしい。デジタルなら一度データを購入すれば使い放題、追加購入の必要がない。なるほどな、とひとりごちる。


 しかしデジタルで描く環境を揃えるのもまた金がかかる。個人のパソコンもタブレットも持っていない。十万はするだろう。いずれはデジタルも視野に入れたいが今はその時ではない。俺はスマホで定番のトーンを番号を調べ、必要最低限の枚数を購入した。それでも懐はすっかり寒くなってしまった。


 少年誌の漫画はトーンをほとんど使わない作品も多い。斜線とかカケアミで代用することもできる。そう言い聞かせながら帰宅した。


 部屋に入った俺はさっそく、カッターを用意してトーンを貼ることにした。こういうのは勢いが大事なのだ。


 動画を見ながら作業する。トーン、貼り方って動画サイトで調べるといくらでもやり方を説明した動画が見つかる。便利な時代に生まれてよかった。


 トーンはシールみたいなもので、カッターで貼りたい箇所に切って貼るのだ。力加減が重要であまり強い力で切ると原稿用紙まで一緒に切ってしまう。あくまでトーンだけ。そう言い聞かせながら優しく刃を滑らせたところ、トーンも切れていなくて拍子抜けしてしまった。


 最初はまごついていたものの、慣れてくると結構楽しい。


 カッターを動かしながら図工の時間にやった版画を思い出す。カッターではなく彫刻刀だったけど、なんだか似ている気がした。没頭できるところが特に。


 原稿一枚に貼り終えたので、一息つく。トーンを貼ると一気に紙面掲載されている漫画に近づいた気がして、自然と口元が緩んだ。本棚の単行本を適当に掴み、見比べる。


 やばい。俺が描いたのに、ちゃんと漫画っぽい……。


 ノートに書くのと、全然違う。楽しい。嬉しい。


 俺は夢中になって、次の原稿用紙を取り出してトーンを貼った。母親が部屋のドアを開けるまでずっと。





 緑青からメッセージが来たのはちょうど風呂から出た時だった。トーンを貼ってみた、と写真つきのメッセージを送ったその返事だ。完成したら見せるつもりなのであくまで一部分。それに対して彼女は、


『好調みたいで何より。成果報告も兼ねて、毎日連絡くれてもいいのよ?』


 だそうだ。できる女上司みたいだ思う。正直緑青は若手女社長とか敏腕マネージャーとか似合うだろうな、なんてちょっときもい妄想をしそうになる。


 でもそれ以上に、毎日連絡してもいい、って言ってもらえたことに感極まってしまった。


 だって、そんなの、期待してしまう。


 やっぱり今の俺はちょっときもい。頭をぶんぶん左右に振って気持ちを切り替える。


 早く緑青に完成したものを見せたいし、頑張ろう。


『ありがとう。明日も報告します』


 送ってから、なんで敬語って思われたかな、なんて気にしてしまう。すぐ既読がついて、どきりとする。俺の気持ちなんて知る由もない緑青は、おやすみなさいとセリフがついたもちふわスタンプをよこした。


 まだ寝ないけど俺もおやすみ、と返す。ちょっと恋人みたいだ。浮かれない方が無理な話だろう。これ。

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学校一の美少女に告白……正確には脅されて付き合うことになりました。そしてなぜか自作漫画の批評をしてもらっています。 守田優季 @goda0

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